撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

パズル純愛小説

3−3

ほんの数ヶ月まえ、泣きそうになったあの場所に今日は全然別の 気持ちで立っている。私が決心のような心持ちで眺めている観覧車を 男はどんな気持ちで眺めているのだろう。 「いい?」ときくと、男はあやふやな表情をした。「迷惑だった?」 と不安になって…

 3−2

携帯が鳴ったので、小さな声でこっそり返事をしてすぐ店を出た。 そこからすぐ近くの約束の場所まで急いでいって辺りを見回していた ら、ちょっぴり思いがけない方向から声がした。道の脇に車を停めた あの男がいた。 いつも出会ったときにはじめどんな顔を…

3−1

電話をかけた。私から・・・!あの男へ・・!ずいぶん久しぶりで 携帯を持つ指が震えそうだったけれど、約束をとりつけるまで何とか 普通の声でいることができた・・・と思う。 あの男は何も変わらない。冷たいほどに優しい。いつもはそれが 私をイラつかせ…

2-10

あの子とは別れてから何度か逢った。別れて2年くらいしたころ 向こうから連絡があった。久しぶりにそちらに行くから会わないか? って。断るほどの理由もなかったから、一緒にお酒を飲んだ。お酒を 飲むと男の人に優しく出来る。すこしばかりぼんやりとして…

2-11

たとえば、ひとを好きになるということはどういう感情なのだろう。 いったい、いつから好きなのか、そのひとの何を求めて好きという感情を 溢れさせるのか・・・。 先輩のことは、日毎に好きになった。指揮をする指先を見つめている うちに・・その瞳の先に…

2-9

先輩に最後の手紙を書いたのは秋だった。大学3年の秋、先輩の 住んでいる町の近くまで、大学の研修旅行でいくことがあり、もし その時にどこかで逢うことができるのなら・・と連絡をしたのだった。 しかしながら、手紙は先輩に届くことなく戻ってきてしまっ…

2-8

窓の外に気配を感じて顔を上げると、いつの間にか雪が降ってい た。こんなに空調の利いた室内で、それもこんなに暗くなっている というのに、そんなことは感じるんだと思うとおかしかった。 まさかとは思うけれど、積もったりしては大変だから、早く帰ろ う…

2-7

帰りの車の中ではたわいのない話ばかりして、乾いた笑い声を 満たしていた。ガラス越しの陽射しは熱い。半袖から出た腕が 陽に焼けるのではないかと心配されるほどに。 さっき見たこの男の眼差しが脳裏に焼き付いている。懐かしい? いや、確かに懐かしい瞳…

2-6

しばらく経って、あの男から次の休みを訊ねるメールが入っていた。 返信。冬に出会った美術館に行こう・・いい?とのメール。メールだけで 約束を取り付けるのも考えてみれば初めてのこと。すこしぎこちない までも、とりあえず、次に逢える日が決まってどこ…

2-5

思いがけないことに次の日にあの男からメールが来た。昼休みも 終わり掛け、ふと携帯をみると着信の表示が浮かび上がっていた。 あんな別れ方をして・・胸は不安に押しつぶされそうになる。 無題・・で、ひとこと、ごめん・・と。 いったいどういうこと?謝…

2-3

夏休みの一日、高校時代の同窓会の知らせが舞い込んだ。卒業して以来 足を踏み入れたこともない校舎の中で、何年ぶりか?10代の顔しか 知らない何人かも含めた友人達と逢う。外から見ると、何も変わらない 前時代的な建物も、中に入ると随分様子が変わって…

2-4

それでもやはりたまらなくなった。みんなはまだ笑いさざめいている。 2次会に移るにもまだ時間がある。こっそり店を出て街角で電話を 掛けた。明らかに驚いているあのひとの声にきづかないふりをして いつも使わない声を出してわたしはしゃべっていた。 「…

2-1

何回目かのあの男との食事。とりとめもなく話している。そろそろ お腹がふくれてきたことは、あの男の箸がお皿の上で所在なさげに うろうろしているのをみれば分かる。箸をおいてグラスだけを持って じっくりお喋りしてもいいのだけれど、何となくそうすると…

2-2

何度目の恋だろう・・。何度目のキスだろう・・。 10代の恋でもあるまいに、やっぱりふたりはあてもなく街を歩いている。 さっきまで饒舌だったふたりのくちびるはなにも話せずに曖昧に閉じられて いる。どこにいくでもなく、人混みを避けながら、それでも…

 26

あの男からの電話があったのは、その日の夕方だった。夕御飯でも一緒に どうか?という誘いは、ごくさりげないことだったけれど、いきなり今日の 約束に承諾してしまった自分に少しばかり戸惑いを感じていた。そして、 そんな自分の心がどこか恥ずかしかった…

 25

あの子とはそれから2年3カ月ばかりつきあった。日々起こる 新しい出来事に息を呑んでいるうちに3カ月ばかりが過ぎた。お互いに 夢中になっているうちに1年ばかりは過ごした。そして、季節の 巡る感触を確かめているうちに、なんだか落ち着かなくなってき…

 24

生まれて初めて渡したラブレターには返事が来なかった。同じ人に 出した、何気ない手紙には何度も返事をもらったけれど・・。 手紙を出すのは好きだけれど、手紙をもらうのはそれもまた好きだ けれど、出したことも、待っていることも、忘れるくらいさりげな…

 23

寒い寒い公園で銀杏の木にもたれて交わしたキスを覚えている。あの子 が私の誕生日のプレゼントにくれた包みはいったいどうやって持っていた のか覚えていないのだけれど・・。 どうやったら二人でいられるのかその術すら分からずにあてもなく ふたりで寒い…

 22

波はわたしに囁く。わたしの胸をざわつかせる。何かを待って いるような・・何かに追いかけられているような・・・。胸の 中で、あの海で見た、波が生まれるあの瞬間のような、白い無数の ちいさなあぶくがふつふつと湧き出ているように感じる。それは 意味…

 21

心の中に波が打ち寄せる。どこから湧き起こるのか分からない波が幾度も うち寄せて私を不安にさせる。 いや、この不安は、不安と呼べるものなのだろうか?不安と呼ぶには、 微かに甘く、そして儚すぎるような気がする。粉砂糖の上に、スプーンで 形をつけた…

 20

久しぶりの何もない休みにコーヒーを淹れる。買ってから数回しか 使ってないエスプレッソマシンに、ごく細かく挽かれたエスプレッソ用の コーヒー豆を入れ押しつける。セットして、ボタンを操作して・・・。ああ、 まだ慣れてないや、もう一度説明書を見なが…

 19

帰りの車の中で、会話も出尽くしたあと、ふと聞きたくなった。 「どうしてわたしのこと誘ったの?」 「理由なんてないよ」 「女の人とよくドライブにいくの?」 「・・答えられないな・・」 ちょっと気分を害したような声だった。「美卯ちゃんはいったい何が…

18

やがて、左側に海が広がった。さっきからちらちらと見えてはいたが もう、見渡す限り海だ。 「窓を開けていい?」 自分でも思いがけないほど弾んだ声でそう言っていた。 「もちろん、どうぞ」 いっぱいにあけたとたんに、潮の香りが押し寄せて来た。髪の毛が…

 17

「美卯ちゃんは・・」 と、声を掛けられて耳たぶがくすぐったくなった。もう、30も 越えたことだし、新しく知り合った人にちゃんづけで呼ばれること なんてもともと滅多になかった。仕事関係は名字で呼ぶ。親しい友達も 大抵は名字からつくったニックネー…

 16

夏が近づくと先輩のことを思い出す。亡くなったのは寒い冬だった のに・・。誕生日は秋が深まる頃だったのに・・。 亡くなったことを友人から人づてで知り、どうしようかと迷っていたら 先輩のお父さんから葉書が届いた。下宿から引き上げてきた荷物の中に …

 15

コーヒーを飲みながら高速道路への道を走る。何か話そうか?何より こんなに何も知らない人とそんな遠くへ出掛けていいの・・?と困った 顔になっている自分が想像できる。素知らぬ顔を装ってはいるけど。 思い切って隣りに顔を向けると・・電話が鳴った。ど…

 14

ほんとにどうしてだか分からないのだけれど、今また、わたしはあの 男の運転する車の助手席に乗っている。あの電話で、どうして私からの 電話だって分かったの?見知らぬ携帯番号にかけるなんてこわくないの? というわたしに、プライベート用の携帯だという…

 13

3回鳴らした。自分の胸がその存在を教えるように激しく脈打って いるのを感じる。いったいこの興奮はなにを意味するのか自分でも 分からない。自分でつくった決まりに従うように、ちょうど3回目の 呼び出し音がとまるのと同時に携帯のボタンを押して切った…

 12

自分の中で何が起こったのかよく分からない。美術館に行ったことも 忘れるほどに時間が流れ、いつのまにか季節が変わっていた。急に 芽吹いてきた緑がたっぷりと水分を含み、なんだか鬱陶しいほどに ふくらんでいる。今日は掃除だ!と勝手に思い、部屋の中を…

 11

遠い記憶がよみがえる。 文化祭のために飾り付けられた音楽室。 黒画用紙とセロファンでつくられたステンドグラスのしつらい。 部室に溢れる、他愛のない冗談と笑い声、 その頃流行りのフォークソングを爪弾くギターの音。 講堂に置かれた古ぼけたグランドピ…