撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

小説・空中螺旋

 11

列車を降りたところで、今日の魔法はとけたように日常の主婦の 私に戻る。まっすぐ帰って近場のスーパーでお惣菜でも買って帰り たいところだけれど、今日のこの時間ではそうもいかない。何分か 歩いてデパートまで行き、一日家を空けた主婦にふさわしいご馳…

10

間もなく頼んだ品が運ばれて来た。ヒレ肉かと見まごうばかりの 見事な肉厚のしいたけ。ふつうに使うしいたけの6個ぶんくらいの ボリュームがありそうに見える。特別な栽培法をしているので生で 食べても問題ないとのこと。裏側のひだに露が浮かんできたらあ…

 9

案内される席へ何喰わぬ顔をしてふたりで座る。昔からの 知り合いのように・・もしかするとそこそこ長い歴史を持った 連れ合いのような振りをして。 窓際のテーブル。外は冬の空気。しかしながらこの私達二人の 周りは独特の緊張感でどこか熱を持っているよ…

8

予定していたレストランに行ってみた。重い引き戸を開けると、 高い天井の古い民家を改造したその建物の広がりに圧倒された。 ひとりで来てよかったのかしら・・ちょっとばかり不安な気持ち が頭をもたげる。時間をはずして1時頃を選んだつもりだったが、 …

 7

駅を出ると、青空が高い気がした。駅前の道をお目当てのレストランの 方向だけ意識しながらぶらぶらと歩く。カバンひとつで、何もないのが 心許ないほど身軽だ。 ほんとに一人旅なんだ・・ 小さな感慨をもって心の中でそうつぶやく。子供が手を離れて、何年…

 6

十一月の連休が終わったあとのある日だった。いつもはみんなが 出掛けてから廻す洗濯機のスイッチを朝一番に入れる。朝食をみんなに 摂らせながら、さりげなく今日の体調をうかがう。大丈夫のようだ。 思ったとおり、何の問題もなくみんないつも通りの時間に…

5

衣替えを終わらせたあと、久しぶりに街に出掛けた。今日は夫は 夕食が要らないといっていたから、デパートで何か美味しそうなも のでも見繕って買って帰ればいいわ・・と気が楽になる。珍しいケ ーキでも買って帰れば、ありあわせの夕御飯でも文句も言わない…

4

昼食を済ませてホールに戻って来たときには、午後の部がもう始 まっていた。分厚い扉をそっと開け扉に近い一番後ろの列の端っこ の席にそっと座る。ステージではピンクのワンピースを着て、短い おかっぱの髪にリボンをつけた女の子が拍手をもらっているとこ…

3 

その日は娘のピアノの発表会だった。出番は、十時から始まる それの午前の部の半ばあたり。お昼休みを一時間挟んで、午後の部 が四時頃まである予定らしい。ピアノの先生が何カ所かでお教室を 開いてあるので、顔を知らない人たちも同じホールに行き交うこと…

2 要るもの要らないもの

衣替えをしようと、衣装ケースを部屋中に並べてうんざりしてい る。自分の洋服、夫の普段着、子供達のもの・・。今年はずいぶん 夏の暑さが続いたけれど、何だか急に冷え込みそうだ。かといって 昔のように厚手のセーターを着て外出するなんて機会はめったに…

1 プロローグ

ふと考える。もしひとに誉められるとしたら、なんて言って誉め られるのが嬉しいかしら? おしゃれだとか趣味がいいとかはわりと嬉しいかも・・でも若い なんていうのは嬉しくないなあ。何を基準にしているのか分からな いし、本当の若さに叶わないことは3…