撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

18

 やがて、左側に海が広がった。さっきからちらちらと見えてはいたが
もう、見渡す限り海だ。
「窓を開けていい?」
自分でも思いがけないほど弾んだ声でそう言っていた。
「もちろん、どうぞ」
いっぱいにあけたとたんに、潮の香りが押し寄せて来た。髪の毛が
ばさばさと吹き飛ばされる。そんなことさえうれしくて、海を向いたまま
深呼吸をした。
「人間も昔は海のなかに住んでいたのかな?」
男がそうつぶやいた。海を懐かしがっていたわたしの細胞が、きゅん、と
震えるのを感じた。

 蒼い海の上を走るためにつくられたような橋があった。行き先は小さな島。
「渡ってみる?とくに何があるわけではないけど・・」
「いいえ、まだいい。それより海が見たい!近くでみたい!」
橋の架かるそのあたりに駐車場とちょっとした展望台のようなものがあった。
男が車を駐車場に停めるやいなや、私は車を飛び出して海を眺めた。海は
不思議な色をしていた。エメラルドグリーンというのとは少し違うけれど、
もうすこし落ち着いた、けれども明るい、碧りがかった澄んだ青だった。
穏やかに光を映して、波が打ち寄せるところよりも、波が湧き起こるところが
よく見えた。


 男が少し離れたところから、展望台の方へいくよ・・と合図をしている。
強い風に帽子を飛ばされないように片手で押さえながら私も向かう。平日
なのに人がいるものなんだ・・と、自分たちもその一人のくせに不思議がり
ながら、私達と入れ替わりに階段を降りていったカップルを見るとはなしに
見る。

 海に向かった手すりに寄りかかって飽きずに海を眺める。水の上で
きらめく光。繰り返し繰り返し湧き起こる波。蒼い海が盛り上がったかと
思うと、途端にその端が白く色づき、あっというまに波の形になり沖から陸へ
と向かってくる。何度も何度も・・。いつまで見ているつもりなんだろう・・
と自分が可笑しくなって、
「なんどもなんども繰り返すのね・・」
と、ちいさくつぶやいたら
「波が生まれるんだ・・」
と、うしろで男の声がした。急に切なくなって振り向いた。
男と視線があった。
 そのままどれくらい見つめ合っていたのだろう?それともそれはほんの
一瞬だったのだろうか?


 笑い声とともに、階段を家族連れがのぼってきた。
「平日なのにこんなところまで来る人ってけっこういるんだね」
 男がそういったのが可笑しくて、階段を降りながら男の肩に手を掛けて
笑ってしまった。振り向いて海を見ると、もう海はその色を変えていた。