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生まれて初めて渡したラブレターには返事が来なかった。同じ人に
出した、何気ない手紙には何度も返事をもらったけれど・・。
手紙を出すのは好きだけれど、手紙をもらうのはそれもまた好きだ
けれど、出したことも、待っていることも、忘れるくらいさりげない
手紙がいい。自分の心を封筒に入れたら、もう、それだけで気が済む
くらいに、自分勝手な手紙がいい。
来ない手紙をじりじりと待つその気分は、身体中が石になっていく
どこかのお話の人間のような心持ちがするから嫌いだ。足から、指先
から、じんじんと痺れていき、ただ胸のあたりだけがちくちくと痛み
熱を持つ。膨れ上がったその熱くどろどろとしたものは、いつか、石に
なってしまった私を木っ端みじんに内側から砕くのではないかと
思うほどだ。それがこわくて、わたしは、身も心も石にする。何も
感じない振りをして、彫刻のような笑顔をつくる。
あの時もそうだった。来ない返事を待つのに耐えきれずに、私は
先輩に何気ない季節の便りを送ったのだった。卒業式からひと月も
経たないうちに・・・。いつも、私が出す・・返事が来る。そして
私が送る・・しばらくして返事が来る。そんなことに疲れ果てたころ、
突然、向こうから手紙が来た。しかしながら、その手紙に私は返事を
出したかどうか覚えていない。それからずっとあとに私がだした手紙は
届かぬままに帰ってきた。それだけの間柄だった・・・。
先輩の父親から、先輩の残した荷物のなかにわたしの手紙が入って
いたと聞いた時は驚いた。何度か住所を変え、郵便さえ届かなくなる
状況になっていたのに、わたしの手紙は最後まで先輩と一緒にいたと
いうのだろうか?ラブレターを送った何日かあとに先輩とふたりきりに
なった講堂の、夕日に照らされたピアノがまぶしかったことを今も
覚えている。古ぼけたピアノに向かい、困った顔をしながら、「いま
考えているところだから・・いつか返事を書くから・・」といった
先輩のあの言葉は、単なる苦し紛れではなく、真実の言葉だったの
だろうか・・?