撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

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 夏休みの一日、高校時代の同窓会の知らせが舞い込んだ。卒業して以来
足を踏み入れたこともない校舎の中で、何年ぶりか?10代の顔しか
知らない何人かも含めた友人達と逢う。外から見ると、何も変わらない
前時代的な建物も、中に入ると随分様子が変わっていた。笑いさざめきながら
観光ツアーのように改装工事の済んだ校舎内をめぐる集団。誰も、大して
その変化に興味があるわけではない。懐かしいわねえ・・なんて呟きながら
昔からの友達と、自分の子供の最近の話などを披露している。


 ひとりきりで参加した私はそんな話をする相手も居ず、ただその塗り替え
られた壁と、変わらぬ石の手すりを交互に触りながら階段を昇っていた。
石の手すりは相変わらずのレリーフを浮かび上がらせ、ひんやりと冷たい。


 三階まで登り切ったところで、集団は新しい校舎への渡り廊下へと
向かった。わたしはどうしても確かめたくて、反対のほうへこっそり折れた。
 この扉を開ければ音楽室が・・そう、もうひとつの内側の扉をあけると
ピアノが置かれてあるはず・・。


 そこには、ただ机と椅子が並べられているだけだった。


 それでは、あのわたしたちの部室は?音楽室から教室の前をまっすぐ走り
抜けた、突き当たりのちいさな部屋。教室の場所を切り取っていたら偶然
残ったからいいよ、使っても・・とでも言われたような、重い引き戸の2枚分
それだけの幅のウナギの寝床のような細長い・・それでも愛しいあの空間。
 入ったら、楽譜と部誌が並ぶ本棚。埃っぽい黒板と、昔々のトロフィーやら
賞状。扉と同じだけの大きな窓にくっつけられた木のテーブルと木の長椅子。
ギターやハモニカやら縦笛やらカスタネットまで、乱雑に置かれているけれど
何故かだれかが歌い出すと、それらが整然とハーモニーを奏で出す不思議な
空間・・・。


 そこは・・なくなっていた・・・。


 新しい音楽室は新校舎に移ったわよ・・いつの間にか合流した集団の中の
だれかが教えてくれた。あの部室の思い出を共有したひとではなかった。


 みんなで乾杯をして、思い出話をした。来ていない人のうわさ話をして
近況を報告して、何人かとメールアドレスの交換をして、何人かから携帯の
番号を聞かれた。みんな同じ高校時代を過ごしはしたけれど、だれも私の
高校時代の想いを知りはしない。先輩がいなくなったことも、先輩の思い出の
詰まった場所がなくなったことも、私だけが知っていることだ。それは
たまらなかった。しかしながら、だれにも気づかれないことが、いくらか
わたしの心を支えてくれていたかもしれない。