撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

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 夏が近づくと先輩のことを思い出す。亡くなったのは寒い冬だった
のに・・。誕生日は秋が深まる頃だったのに・・。


 亡くなったことを友人から人づてで知り、どうしようかと迷っていたら
先輩のお父さんから葉書が届いた。下宿から引き上げてきた荷物の中に
私の名前の手紙が何通か混じっていたからだと思う。四十九日にお参りに
いった。そして、翌年の誕生日に・・。息子のいなくなった家で、父親は
お酒を飲みながら息子の話をした。いつかこの気持ちを本に書きたいと話して
いたお父さん。作ったばかりの栗の渋皮煮をお土産に持たせて下さった
お母さん。
 そして翌年のお盆・・花束をお供えしたくて昼下がりにお邪魔した。
お父さんはお留守だった。お母さんが見送ってくださった。別れ際に
優しい笑顔で「綺麗になったわね」と言われた。これ以上私がお参りに
来ることは、お母さんを苦しめるのではないかと不安になった。そして
別に先輩とつきあっていたわけでも、何かの約束を交わしたわけでも
決してないのに、何だか私だけ生きていて、新しい恋をしていることが、
とてつもない裏切りのような気がして、二度とその家には行けなかった。


 あの夏の夕暮れ時に白く浮かんでいた花はいったいなんの花だったの
だろうか。ぬるく、おもい空気に包まれるとあの日の記憶がよみがえる。