撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

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 あの子とはそれから2年3カ月ばかりつきあった。日々起こる
新しい出来事に息を呑んでいるうちに3カ月ばかりが過ぎた。お互いに
夢中になっているうちに1年ばかりは過ごした。そして、季節の
巡る感触を確かめているうちに、なんだか落ち着かなくなってきたのは
たぶん、わたしの方だ。


 ぼくたちって似ているよね・・とつぶやく、その笑顔を可愛く思い
ながらも、どこかでその笑顔をバカにしていたのは私のほうだ。この
子は、わたしの何をみつめているのだろう?わたしがどこに出掛けて
いったとしても、帰って来た私を眺めるこの子の顔には、なんの驚きも
なかった。わたしは毎日こんなに違う気持ちでいるというのに、なんで
この子はそんな私にひとつも気づかず、出会ったときからずっと同じ
顔でいるんだろう?そんなことをぼんやり考えながら抱かれていた。


 赤ん坊が無心に乳を吸うような、単調な抱擁だった。赤ん坊のほうが
顔色をうかがったり、言葉を発して訊ねたりしないだけ、自分の欲望に
忠実で、いっそ潔いわ・・と思われるほどに・・。わたしは、愛されて
いること(もしくは求められていること)だけに酔い、愛しているという
言葉を使い、あの子を甘やかし、その実、優しく軽蔑していたのだ。


 あんなに同じ時間をふたりで寄り添っていたというのに、あの子の
ことは、いまはひとつも思い出さない。その指の感触はおろか、手の平の
温もりさえ・・。先輩の、あの見つめ続けた指先は、その爪のかたちと
ともに、触れたことのない指先から、熱が届くのではないかと思われる
ほどに、鮮やかに脳裏に描くことができるというのに・・・!