撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

 12

 自分の中で何が起こったのかよく分からない。美術館に行ったことも
忘れるほどに時間が流れ、いつのまにか季節が変わっていた。急に
芽吹いてきた緑がたっぷりと水分を含み、なんだか鬱陶しいほどに
ふくらんでいる。今日は掃除だ!と勝手に思い、部屋の中を意味も
なく点検しては元に戻すことを繰り返している。捨てるほどの思い出も
たまっていないというのに・・と自分で自分を笑う。


 あの男から手渡された電話番号を書き付けたレシートが出てきた。よくも
なくならずにポケットに入っていたものだ・・とすこしあきれる。これは
この紙切れの強運?それともいくらかのわたしの意志?


 ゴミ箱に捨てようとして一瞬躊躇した自分が嫌だった。誰に見られた
わけでもないのに、まるで意地をはって何もないと言い張るように
私は携帯電話を持ってきた。電話を掛けてやろうじゃないの、そうしたら
この紙切れを捨てられる。コールは3回だけよ、あとは切る。そして
繋がらなくても2度と掛けない。まるで今から始まるゲームのルールを
決めるかのように自分に言い聞かせる。


 果たして・・・呼び出し音のコールが長くきこえた・・・。