撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

2-10

 あの子とは別れてから何度か逢った。別れて2年くらいしたころ
向こうから連絡があった。久しぶりにそちらに行くから会わないか?
って。断るほどの理由もなかったから、一緒にお酒を飲んだ。お酒を
飲むと男の人に優しく出来る。すこしばかりぼんやりとして、どうでも
いい気持になって、小さなことが見えなくなって、気に掛かることも
どうってことないような気がするし、言いたいことは甘ったれた声で
角を立てずに、その場の思いつきでに言っているように聞こえるように
言ってしまうことができて気持ちがいい。そして酔いが醒めたら全部
忘れたような顔をしている。本当は、言葉の端々まで・・指先のため
らいや、口の端のひっかかりまで記憶は鮮明に残っているのだけれど。


 「僕たちどうして別れたんだろう・・?」


 そうつぶやいたあの子の目は自信に満ちていた。別れはちょっとした
行き違いで、今日からその続きがはじまると、私は思わせてしまった
みたいだった。そんなことができるかしら?と試すようなつもりで
あの子についていってみたけれど、いちどちぎれたものはそのまま
もとどおりになんかできはしない。わたしはまだちぎれたときの形を
覚えていたに違いないと思う。だからなのか、くちびるに違和感を
覚えて、久しぶりのキスはちっとも気持ちよくならなかった。いっそ
見知らぬはじめてのひととキスしたほうがいいかもしれない・・そんな
悲しいキスだった。


 「わたしたちどうして別れたんだと思う?」


 きっとその答えはわたしの我が儘にちがいない。でも、私があの子の
そばで自分の幸せを見つけられなかったのと同じように、あの子の幸せ
も、私の中にはなかったんだ。友達だったら最高の友達になれたかも
しれない・・。そんなことを考えてはみたけれど、そんなことを言うの
はやめておくことにした。もしわたしがすっごく愛されたいと願って
いる男からそんなことを言われてもひとつも嬉しくなんかないから。
 それは、優しく見えて、最高に残酷な別れの言葉だ。別れではないと
するなら、甘く残酷な目に見えない束縛の鎖だ。あの子を今でも忘れない
のは、彼が私を愛してくれていたという自信があるからだ。愛されて
いるという自惚れをもらっていたからこそ、私のただひとつのあの子への
優しさは、あの子を私から解放することだけだったと思う。それから
ほどなく私からさよならを言った。私達はもうずっと前に終わっていた
のだから・・。