撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

3−3

 ほんの数ヶ月まえ、泣きそうになったあの場所に今日は全然別の
気持ちで立っている。私が決心のような心持ちで眺めている観覧車を
男はどんな気持ちで眺めているのだろう。


 「いい?」ときくと、男はあやふやな表情をした。「迷惑だった?」
と不安になってたずねると、「いや・・」と無表情で男は答えた。それ
から恥ずかしそうな笑顔をどちらともなく向けながら「もしかする
と・・苦手かもしれない・・」と男は小さな声でつぶやいていた。


 まったく・・・


 もしかすると世界中のおとこたちはすべて観覧車が苦手なのかもしれ
ないと思うほど、私の出会った男たちはこれが苦手なのだから!もしか
すると苦手な種類の男とそうでない種類の男とがいて、私は苦手な種類
の男のほうが好きになるタイプなのかもしれない・・などと考えて
みたりする。どうでもいいことなのに・・と思うとおかしかった。


 それでもそんなつぶやきに気づかなかった振りをして観覧車への
階段を登る。ちいさな箱のなかに入れられる二匹の動物のように
ふたり観覧車に乗り込む。かしゃんと音たてて扉を閉められると
そこは帰れない場所にふたり閉じ込められたようだった。


 二人しかいないのに向き合ったまま無口でいる。車の中とは大違い
だ。その緊張に耐え切れずに窓からそとを見る。見る見るうちに全てが
小さくなっていく。西の空には海に沈んだ夕日の名残。もうとっくに
夜だというのにどこか余韻のように明るく光っている


 ひとりあちこち見回しながらはしゃぎまわっている。少しばかりの
不自然さは自分でも分かっている。それでもそうせずにはいられないの
だ。そうすることが不自然でもいちばん自然なのだ。


 二人を乗せた箱は動かないような顔をしながらゆっくりと登って
いく。のぼりつめたところでなんだか急にさみしくなって下を向いて
しまった。さっきまではしゃいでいた私はいったいなんだったんだろう。


 突然、動いていなかったように感じられた箱が大きく揺れた。驚いて
顔を上げると、目の前に男の胸があった。次の瞬間抱きすくめられた
私は動けなくなったからだのまま考えていた。どうしてこの男はいつも
こう突然なのだろう。静かに水をたたえていたコップから急にあふれ
出すように・・均衡を保って止まっているように見えた独楽が急に
ぐらりとかしぐように・・・。


 それでもこの前のキスを知っているわたしは少しだけこの前より
落ち着いていられる。きっと起こるとわかっていたのだ。かすかに
揺れながら昇っていく観覧車がいちばん高いところに来たときに
本当に一瞬すべての動きを止めたそのとき・・・心は逆にその沈黙に
耐えられずに大きく声を上げるに違いないと・・・。


 心のコップに水を注ぐのは私だ。しかしながら男もまた私と同じよう
に静かに貯めていたに違いないのだ。溢れさせたのは男だ。しかしなが
ら、あふれた水は男だけのものではなく私のものでもある。心で恋を
していても心はとうにふたり交わっているのだ。そうでなければ、こん
なに焦がれるはずはない。