撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

 15

 コーヒーを飲みながら高速道路への道を走る。何か話そうか?何より
こんなに何も知らない人とそんな遠くへ出掛けていいの・・?と困った
顔になっている自分が想像できる。素知らぬ顔を装ってはいるけど。


 思い切って隣りに顔を向けると・・電話が鳴った。どうやら彼のいう
ところの「仕事用の携帯」らしい。ハンドルと缶コーヒーを持った手で
その上に携帯を持とうとしている。ちらっと視線をこちらに送った。
一瞬どきりとしたが、すぐにその瞳が何を意味しているのか分かった。
 自分の缶コーヒーを左手に持ち替えて、男の缶コーヒーを右手で受け
取った。安心して話し始めたが、どうやら話の内容がそう簡単でも
なかったようで、程なく車を左隅に寄せて止めて話し続けていた。内容
など分かるわけもないが、大人の声だ・・と漠然と思っていた。


 電話が終わると、少し不機嫌な声と強い調子だったのが決まり悪いか
のように、ちょっと照れてこちらを向いた。
「ごめんね。仕事用の携帯と、仕事用の声だ・・」


 その違いがあまりに鮮やかで、私はいきなり笑いがこみ上げて来た。
両手に缶コーヒーを持ったまま明るい声をたてて笑う私を見て男も
笑い出した。お互い顔を見合わせて笑う・・。そして・・
「こぼれるよ・・」
そう言って、男は私の手ごと、自分の缶コーヒーを掴んだ。笑ったその
顔のまま、一瞬にして固まってしまったわたし・・。男はコーヒーを
一口飲むと、ゆっくりと車を走らせ始めた。そっちはわたしのコーヒー・・
そう言おうかどうか迷いながら、もうどっちでもいいや・・とわたしも
また、残りのコーヒーを飲んだ。