撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

2-1

 何回目かのあの男との食事。とりとめもなく話している。そろそろ
お腹がふくれてきたことは、あの男の箸がお皿の上で所在なさげに
うろうろしているのをみれば分かる。箸をおいてグラスだけを持って
じっくりお喋りしてもいいのだけれど、何となくそうするとかえって
話が途切れそうな気がして、少なくなった料理をちまちまとつつき
ながら話を続けている。


 あの男が席を立っているあいだ、見るとはなしにカウンターの奥に
並ぶたくさんのお酒の瓶を眺めていた。そしてきれいに磨かれたグラス。
 何だか忘れていた痛みを思い出したのは何故だろう・・・。


 あの子とつきあっていた頃、とても耐えきれないくらい淋しいことが
起こった。その頃の私は気づかなかったのだけれど、多分、その頃は
自分を支えることが出来ないくらい淋しくてたまらなかったんだと思う。
それまでいたひとがいなくなるということは、それくらい心に穴があく
ことなんだってあとになってわかった。親なんていてもいなくても大して
変わらない・・なんて思うくらい若い頃は傲慢なのだ。いや・・その穴を
覗く勇気も無いほどに臆病で傷つきやすいのかもしれない。


 何回か、あの子の前で泣きたい気分になって、それでも一度も上手く
泣くことが出来なくて、ある日終わりにした。どうして別れたの?って
聞かれたらきっとレポートが書けるくらい私は説明できるだろう。
 でも、ガールフレンドに「どうして別れたの?」って聞かれて一番
泣きたかったことを話したら、その子は乾いた声で笑って、あんたの
いうことはとてもよくわかるけれど、その男の子は可哀想だね・・って
いわれた。そういう種類の理由で別れた・・のだと思う。


 同じ言葉でしゃべっていながらも、同じ気持ちになれるかどうかは
その時のふたりのコンディション次第。あのころの私はその気持ちと
言葉の微かなズレを感じながらもどう修正していいか分からなかった
のだ。あの子がわたしに向かって笑ってくれるから、笑顔を返そうと
することで精一杯だった。あやふやな居心地の悪さに蓋をして笑顔を
作る努力で力を使い果たして・・そしていつの間にか・・・。


 どうすればいいんだろう?本当の笑顔で好きなひとに寄り添いたい
・・そう思いながら、長いこと笑ったことがないような気がして、今度は
自分の笑顔が何だか泣きそうな顔に見えるのではないかと心配して
上手く笑顔が作れないでいる・・。いつの間にか帰ってきたあの男に
大丈夫?って覗き込まれたその瞳が本当に心配そうに見えて、何だか
おかしくて申し訳なくて笑えてきた。
・・何だかひさしぶりに笑ったような気がした。