撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

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 遠い記憶がよみがえる。
文化祭のために飾り付けられた音楽室。
黒画用紙とセロファンでつくられたステンドグラスのしつらい。
部室に溢れる、他愛のない冗談と笑い声、
その頃流行りのフォークソングを爪弾くギターの音。
講堂に置かれた古ぼけたグランドピアノと散らばった楽譜とあのひとの
ペチャンコの学生カバン。
見つめ続けた瞳と指先。どこか悲しそうに伏せる目。
焦がれるだけで夢見なかった未来。
あんなに誰かを見つめ続けたことってない。
あんなに心をこめて声を出したことってない・・・。


 ずっと忘れていたのに・・。
誰とつきあっても、誰に抱かれても、今まであのひとの声なんか
思いだしたことなかったのに。
あの響く声と、優しいけれどどこか臆病な瞳と、いつかどこかへ
スルリと消えていってしまいそうな笑顔の面影・・・。


 美術館の裏は公園になっていた。音楽部のみんなで出掛けて
それぞれに時間を過ごしたときに、わたしは木々を分け入ったところに
彫像があることに気づいたのだった。そっと近づいて正面にまわろうと
したときに、そこにあのひとがいたことにきづいた。せんぱい・・と
つぶやいて、さてどうしようかと立ちすくんでいたら、あのひとは
突然誰に言うともなくつぶやいたのだった。


 「今度のコンクールでは、本選にいきたいんだ・・
  それが、3年間僕が高校でやってきたことかな・・って
  音楽部を立て直すこと
  そうしたらきっとぼくも・・・」


 そのあとは聞こえなかった。いや、いわなかったと思う。しかし
その先にあのひとの瞳の影のわけがあるように思えて、あのひとが立ち
去ったあとも、その彫像の前から長いこと動けないでいた。