撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

 3−2

 携帯が鳴ったので、小さな声でこっそり返事をしてすぐ店を出た。
そこからすぐ近くの約束の場所まで急いでいって辺りを見回していた
ら、ちょっぴり思いがけない方向から声がした。道の脇に車を停めた
あの男がいた。


 いつも出会ったときにはじめどんな顔をしていのか分からなくなる。
あまりにさりげない顔をしてあらわれるので、わたしもさりげない顔で
いたいのだけれど、何だか泣きそうな顔になっているような気がして
いた。きっと自分の気持ちがどこにいっていいのか分からなくなった
迷子のようになっていたからだ。会いたかった!の気持ちを素直に
出してやればよかったんだ。いや、あのなんとも形容しがたい気持ちが
会いたかった気持ちだったんだと認めてやればよかったんだ。


 そんなことを考えていたのに、突然の登場の仕方に、急いで車の
助手席に乗り込んだあわただしさに、それも吹き飛ばされてしまった
ようだった。やっぱりいつものようなちょっぴり困った顔で隣に
座っている男の横顔をさりげなく伺うことになってしまった。


 「待たせたね、どこにいく?急に車にしたから気にしないで
  飲みたいなら飲んでもいいよ。僕はいいから。」


 じゃあ・・と、場所を告げる。西の方角へ・・海を目指して走る。


 軽く食事をとりながら、お言葉に甘えてアルコールを入れることに
する。これも久しぶりのこと。何度かドライブに行ったとき、はじめは
ひとりでも飲んでいたのに、いつかしら運転する男に気遣って飲まない
ようになっていたことに気づく。いや、飲まないどころか、どこか
心に引っかかって何を食べていたのかも覚えていないくらい食事を
楽しむことをしていなかったような気がする。


 久しぶりに飲むカシスソーダは、さっき喫茶店で見た絵の中の
風船のように明るく澄んだ色をしていた。そのソーダの泡のように
わたしの心の中では楽しい思い付きがいまも繰り返し浮かんでいた。


 思い切って男に告げる
「ねえ・・もう一ヶ所行きたいところがあるの・・いい?」
「どこ?」
「・・・観覧車に乗りたい!」


 そのときに男がどんな顔をしたかは覚えていない。どんな顔をした
って今日は絶対そこに行くんだから!と・・これは私のいままでで
一番の決意を持ったわがままなのだから。ただ・・それをわがままだと
思わずにいてくれればいいけど・・とだけはちょっぴり思っていた。