撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

 9

 案内される席へ何喰わぬ顔をしてふたりで座る。昔からの
知り合いのように・・もしかするとそこそこ長い歴史を持った
連れ合いのような振りをして。


 窓際のテーブル。外は冬の空気。しかしながらこの私達二人の
周りは独特の緊張感でどこか熱を持っているような気がした。視線
を合わせるのが意味もなく気恥ずかしい。いや、意味はある。いま
私達は共犯者なのだ。ずいぶんと気楽で浮かれた種類の・・。


 言葉を発したら笑いが止まらなくなりそうな予感がこわくて
黙っている。不思議な気分だ。そう・・こんなに笑いたい気分を
こらえている自分など久しぶりのような気がする。そう、久しぶり。
昔はそんな気分を自分がよく持っていたことも一緒に思い出した。


 言葉を出さないわけにはいかない。メニューを眺めながらどう
しようか様子をうかがっている。相談するのも変な感じだが、一人
ずつ注文するのも不自然だろう。せめて決まったかどうかくらいは
お喋りしなくっちゃ・・。メニューで顔を半分隠したままで目の前の
さっき会ったばかりのこの男の人を見つめてみる。何だか困った顔を
している。急に心配になって、同じ顔をして見つめていたら、向こうが
私の視線に気づいてくれた。


「豊後牛の件なんですが・・」
「どうかしました?」
「炭火焼きにした方がいいかそれともステーキにするべきかと・・」


 たまらなくなって噴き出した。自分の声に一瞬驚いてあたりを
見回した。無事を確認してから視線を戻すと、男は笑っていた。いつ
笑おうか待っていたのがやっと笑えた!というような笑顔だった。


 覚悟を決めてふたりでメニューを相談した。途中で横を通る店の
人にお薦めの品まできいて随分長いことかかって決めた。迷って
いたには違いないが、それは大切に吟味するための必要な時間で
これからの食事をなおさら楽しくするものだった。


 ほどなく私達のテーブルに赤く熾った炭をのせた小さな浅めの七輪
が置かれた。その頃にはもう外の冷たかった空気をすっかり忘れるほど
暖かい気分になっていた。頬は赤く染まっていたに違いないと思う。