撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

1 プロローグ

 ふと考える。もしひとに誉められるとしたら、なんて言って誉め
られるのが嬉しいかしら?


 おしゃれだとか趣味がいいとかはわりと嬉しいかも・・でも若い
なんていうのは嬉しくないなあ。何を基準にしているのか分からな
いし、本当の若さに叶わないことは36歳のときに悟って、40歳
になったときには歳を隠すことも、それにこだわることもやめたも
の。私は私でいようと思ったのもその頃。


 ある日、昔のアルバムを見たら、20代までの自分が可愛く見え
てびっくりした。それまで、一枚一枚の写真写りが気になって、こ
の時の私よりは今の私のほうがいいわよね・・なんて、訳の分から
ない勝ち負けにこだわっていたりしたけれど、その日は、不細工な
写真の自分すら、なんて若さで輝いているのだろう!と、何だか自
分でないひとの写真を見るような気持ちで眺めてしまえたのだった。


 優しい・・とか、仕事が出来る・・とかは?そんなものもあやふ
やではあるかな。優しくしようと思えばいくらだってできる。その
場限りの相手になら、いいとこだけみせる術くらい、40年以上も
生きていれば身につけている。仕事だってそう・・。昔からやって
きた当たり前のことを当たり前にやっているだけ。この頃のひとは
それすらせずに文句ばかりいうのよね、という言葉を言わずにいる
ことのほうがかえってよく我慢してると評価してほしいかも・・。


 でも、人の能力も性格も歳では括れないことが、かなり分かって
きたから「近頃の若い者は・・」なんて大昔から使い古された言葉
は使いたくない。この言葉は、自分が世代を越えることを諦めた人
が使う言葉なのだとこのごろ思っている。若い者で括る人は、おじ
さんだとかおばさんだとか、そういうひと括りにされても仕方ない
と思うから。


 じゃあ、個性的だとか、○○さんらしい・・とか言われたいのか
な?・・それも何だか違うような気がする。本当に誉め言葉として
そう言ってくれるひともいないわけではないけれど、それはどこか
自分とあなたとは違う・・という線引きで使っているのを嗅ぎ分け
てしまうから・・。誉めながらあちらを向いていく心をどこかで感
じてしまうから、どこか淋しい。


 本当は自分で気づいている。だけど、小さい頃から縁もなかった
し、若い頃は避けていたし、今もまた到底そんなキャラクターでは
ないから言葉にするのも恥ずかしいけれど、私はずっと望んでいた
のだと思う。「美しい」という言葉で賛美されることを・・・。