撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

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間もなく頼んだ品が運ばれて来た。ヒレ肉かと見まごうばかりの
見事な肉厚のしいたけ。ふつうに使うしいたけの6個ぶんくらいの
ボリュームがありそうに見える。特別な栽培法をしているので生で
食べても問題ないとのこと。裏側のひだに露が浮かんできたらあとは
好きな時に召し上がってください・・とお店のひとが説明してくれる。


 顔を見合わせる。びっくりとワクワクが見て取れるのがうれしい。今
初めて出会った人とでも同じ興味と同じ感動を分かちあえるのが大人と
いうものだ。もちろん、そんなことが出来るのは幸運なことではある。


 こんな毎日摂る昼食だというのに、これ以上ないような真剣な顔を
して向き合っているのがおかしい。見知らぬひとだから、大切にして
いる部分も確かにある。なんの予備知識も先入観もないからこそ、自分の
最大の注意をはらってこのひとときを過ごしている。そんな気もする。


 しいたけのひだに美しい汗のように露がついてきた。
「それでは・・」
「ええ」
かしこまってひとくち囓る。何も言わずに、どちらともなく笑い出した。
ふたりで笑っているのがおかしくてまた笑った。
「うまい」
「こんなの初めて」
「たしかに」
「湯布院にきた甲斐があった」
「ほんと」


 豊後牛はもちろんおいしかった。しかしながら、この知っているけれど
知らなかったしいたけにやられたって感じだった。誰にも知られていない
素敵なものを見つけることの快感は幸せに興奮を付け加えてくれる。


 お互いのことをしゃべる。お互いに家庭をもっていること。子供のこと。
今日、ここにいるわけ。今日、明日の予定。運転する必要のないことに
感謝して乾杯した。この店にも地ビールが置いてあった。旅の記念には
ぴったりの飲み物だ。


 思った以上の楽しいひとときを過ごせたことにお礼を言い合って店の前で
別れた。軽い酔いでくちびるまでよく廻るようになっていた。
「こんな楽しい食事は久しぶりだった」
「そう・・
 きっとまた楽しいことは起こりますよ」
「どういう意味?」
「いや特別な意味は・・
 でもそう思うことにしている
 楽しいことは多い方がいいでしょ」

 何だか好感の持てる考え方だ。そうですね・・と、いつになく自分から
相手の瞳を見つめたような気がした。ほほがまだ熱かった。