撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

 鞄

南向きの陽の入るリビングとそれに続く和室のスペース
それとは別にバスルームと向き合った洋室がひとつある
洋室の片側はクローゼットになっているがほとんど何もない
ただひとつ
古い形のしっかりとした皮のトランクが置かれている
箱型の固い、そしてぱっくりと開くことのできるあれだ


その中には雪白のシーツとバスタオルが数枚ずつ折りたたまれて入っている


あとは10日程度の旅行が悠々出来るスーツケース2つ
そのなかにはそれぞれがこの部屋で必要だと思うものを入れている


どこよりも帰る場所・・ではあるけれど
置いてある荷物はとても少ない
家具と呼べるものもほとんどない


ここに来るまでに散々要るものを選び選びしてきた
それは逆に言えば要らないものをこれでもかと捨ててきた
それでもお互いにまだ捨てられないものをそれぞれに持っている
でもそれらはここへは持ち込まない約束をした


この部屋にそしてふたりにとって必要なものいくつか
それ以外はお互いの鞄ひとつぶんだけ
どうしても必要なものがあるときにはそのときだけ運び込み
また必要がなくなれば部屋から運び出す



油断するとものというものはいくらでも増える
そして本来の役割を忘れて埃をかぶりだす
それはほんとうに欲しいものがなんだったのか鈍らせもする
二人であってここを見つけるまでに何度も犯したこと
あたりまえになってきたときのものごとのくすみと軽さの淋しさ


かけがえのない・・
などという言葉はつかわない
つかえないふたりなのかもしれない
だからこそ
とくべつなふたりで場所であることを選ぶ
その特別がたとえときには奇妙にみえたとしても・・・