撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

つづくこと

さっきからわたしはテーブルの下でハイヒールを半分脱いで足をぶらんぶらんさせている
ここはとあるアイリッシュバー
友達とくるときは入り口近くの半分立ち飲みのようなカウンターで
ギネスの泡の上に綺麗な模様が描かれるのを覗きこむように座っているのだけれど
今日はあのひととふたり遅い時間に入ったらひとつだけ空いていた奥のテーブル席に通された


そんなに広い店ではないけれど、けっこうひとが入っていて
そのいろんなグループやらカップルやらをかいくぐるように席に着いたけど
座ってしまえばどこか視線から遮られて、
ふたりまるで自分たちだけの店のようにくつろいでいる


もうまもなく12時間一緒にいる
いつものようにランチを食べて
ふたりゆっくりと過ごして
それでもいつもならとうに自分の場所の自分の用事に急かされて別れている時間だけれど
今日はまだたっぷりと時間がある


ハーフサイズというには量のあるオードブルのセットとサラダと
お決まりのお気に入りのフィッシュ&チップスを頼んで
前からふたりで飲みたかったギネスで乾杯する


この間からふたり小さい頃の話をしている
そしていまお互いがやっている仕事の話で、お互いに意見し合ったりしている
今しかないと思っていたわたしたちがこんなことを話すようになったことがおかしい



ギネスを飲んで、ハーフ&ハーフを飲んで最後にアイリッシュウィスキーを飲んで
ふたりともご機嫌になってお店を出る
なにがご機嫌って、今日の泊まりはほんのその道路を挟んだホテルなのだから
店に来る前にふたり仕事からオフへと着替えて身支度して
そしてまたこんなふうに同じ場所へ帰れるのだ
おまけにドアを開けるとまるでお屋敷の執事のように落ち着いた年齢のホテルマンが
「おかえりなさいませ」と迎えてくれるんだ


靴をぶらぶらとさせていたら転がっていってしまった
ローマの休日のオードリーヘップバーンを思い出してまた笑ってしまう
帰り道、ほんの100メートルが、靴擦れが痛くて歩けない
グリム童話のはいかぶりのなかではお妃になりたい姉と妹は
靴に入らない自分の足をナイフで切って無理やり押し込む
はいかぶりの継母にあたるそのふたりの母が
お妃になったら自分の足であるく必要なんてないんだよとナイフを渡すのだ
おお怖い!
僕は王子でもなんでもないし・・と彼が笑う
いえいえ、わたしは靴なんか試さなくてもあなたといるし・・と私が笑う
痛かったら脱いじゃっていいよ、裸足で歩く?それともおぶっていこうか?
私の痛がってる顔を覗きこんで本気であなたがそんなことを言うから
いいよ!大丈夫だよ!
と、こっそり靴から踵を浮かせて爪先立ってホテルの部屋まで歩いた
こっつん、こっつん、大きな音がしてまいったけれど
お行儀の良いホテルマンはそんなことは静かに見逃してくれる
それよりおぶわれて帰ったりしたら何事かと心配されちゃうよと
またふたりで部屋に帰ってからおなかを抱えて笑う
そして笑ったままふたりでベッドに倒れ込んで
まだ一緒にいられるねって短いキスをして続きを始める


何回これで終わりだと思ったことだろう
何回もうこれ以上無理だと思ったことだろう
もうこれ以上先に進んだら大変なことになる
こんなに深く愛したことも愛されたこともない
こんなにひとをつよく求めたこともない



でも・・・こうして続いていくのだ
出会いと別れを繰り返すように
ふたり綺麗に重なるときと
ひとりを深くかみしめるときと
交互に交互に
永遠は刹那の連続なのだと
ただ何もせずに繋がっていくことなどないのだと
変わらぬために変わりながら変わらぬ姿を見せているのだと


二人が出会ったのはなんのため?
何を知るため?
まだ知らぬその謎は生きている間じゅう分からないのかもしれないけれど
とにかく
お互いの中に謎の答えが隠されているようで
またふたり続けるのだ