撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

 鍵


日は高くなって外はもう眩しい光でいっぱいなのだろうけれど
いまはまだもうしばらくそのままにして
閉じたカーテンの隙間から漏れる昼近くの太陽が
ふたりのつま先あたりに細い線を描いているそれだけにしておこう


昨夜はリビングで寝た


久しぶりの逢瀬は空港から始まった
日常のお荷物も昨日までの疲れもすべて
カウンターで手配した宅配便で指定の場所へと送ってもらって
私たちは身ひとつで夜の街へ繰り出した


早い時間でも遅い時間でも大して変わらない喧騒の中
好きなものを好きな分だけ食べられる店で
ほんの昨日も来たかのような顔をして注文した
テーブルに届く料理を美味しいねって平らげながら
グラスが新しくなるたびにまわりの声につられて何度も乾杯して
そしてときどきお店の人と周りの人の目を盗んで会いたかったよってキスをした


部屋への帰り道、ふたりで空を見上げたら明るい三日月が浮かんでた
今からふくらむ月って好きだわってつぶやく
あなたは繋いでいた手を強く握り何か言いたそうな眼をしてわたしを見る
わたしが首をかしげると黙って腰に手をまわして歩く速度を速める
エレベーターに乗り込むとあなたはポケットから鍵を取り出して言う
会えない間ずっとこいつをポケットの中で握りしめてたんだ
なんだかお守りみたいにね


部屋の扉の鍵穴にその鍵を差し込むとき
あなたの手はちょっぴりふるえているように見える
それを見つめるときわたしもなんだか緊張してしまう
何回繰り返してもそのとき少しだけ厳かな気分になる


少し前には考えもしなかった
それでも今はこうしてふたりで帰る場所があるのだ