撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

花火

このレストランから観る花火は格別だろうね
そのときはドレスコード浴衣でもいいのかな?
いつか
いつかその日にふたりでいたいね


そう言っていたフレンチレストランが
もうすぐ幕を下ろすらしい
理由は建物の老朽化のため
脂の乗り切ったシェフと
繊細な心づかいのできるマネージャーの居るいま
こんな状況が重なるとは実に惜しいと
地元のグルメ誌に書いてあった
建物がどうなるのか
新しい建物ができたとして
このレストランがどうなるのかはいまのところ未定・・・らしい


いつもいつのまにかどこかへ行っては
待たせるだけ待たせてまたいつの間にか現れるあのひとが
今回はしばらく会えないから・・という
そして旅に出ると言って、いってきますとメールをよこしたのは
もう旅立ってしまったといってもいいほどの状況からだった
知らせておいたレストランのことには何も触れないまま・・・


去年の秋
ふたりあのレストランで心地よく酔った後
花火大会のある日のことをマネージャーと話題にしていた
思えばご予約はいかが?と彼が聞かなかったのは
もうこのことが分かっていたからなのかもしれない
そしてそのことにたいして私たちがなにも思わなかったのは
花火大会の日に限ってはひとテーブル4人でのご予約を・・と言われたから
何故なら、花火をここから見上げるよりも
二人きりでいることのほうが私たちにとっては重要なことだったから


会うこともせずに別れていくこと
別れの挨拶もせずに旅立ってしまうこと
それはまた会うと確信があるから?
それともただ流れていく時が寸断されただけのこと?
もういちどあのレストランで時を過ごすことを願って
敢えて今回そこに行こうとしなかったのか
それとももうそれを考える余裕すらなかったのか


いまはどちらかはわからない
どう考えているのかと考えることすらすこし気怠い


もういちどあのレストランに行くことができるだろうか?
と、考えるときに心のなかには暗闇に上がる花火が見える
胸を轟かせる大きな音と夏の風と人いきれ
あんなにいっぱいのひとがいながら
どこか夢の中の出来事のような真夏の一夜
恋にも似て・・・


いつかあのレストランから花火を見上げることがあるだろうか
すべてが何もなかったように
いや、何もかもを乗り越えてなお
昔みたいに綺麗に落ち着いて
どんなにいっぱいのひとと一緒でも
やっぱりふたりはふたりなのだと心のなかで胸を張って
お濠の水を渡る夏の風を微笑みながら受ける日がくるだろうか


いまはまだなにも分からない
ただ水の上に煌めく光をまぶしく眺めているだけに過ぎない