撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

お誕生日(芋たこなんきん)

 健次郎の誕生日。病院から外泊許可をとって自宅に戻る。家族
みんな集まって健次郎の誕生日を祝う。だれも言わずにいるけれど
来年はどうなるか分からない・・。子供二人を連れて、病院で
父の誕生日にケーキを食べたことを思いだした。6年前の昨日。
あれが父の最後の誕生日だった。部屋いっぱいに増えている家族を
嬉しそうに、そっとながめる健次郎の眼差しが幸せそうで嬉しかった。


 健次郎をみんなが見舞う。楽しそうに話すひと。たまらなくなって
涙を流す昭一。やさしく微笑んで手を握る町子の母、和代。


 ひとは、頭と心と身体で生きている。いっぱいはなして心を通わす。
心を熱くして胸を震わす。何もいわなくても、その温もりに安らぐ・・。
町子を心配する母。町子を愛するように、町子の愛する人を愛し
包み込む母。健次郎の手を包み込む母の横顔と、町子が小さい頃、
写真館に集まる子供達にホットケーキを焼いていた母の横顔がいつしか
重なって見えた。その、手の温もりが、身体を伝わって心にしみ込む。


 久しぶりに自宅で二人の時間を過ごす、町子と健次郎。あんなに美味し
そうにお酒を飲む人を初めてみた気がする。そして、お酒を飲む人を
見て泣いてしまったのは、まちがいなく初めてだ。


 食べることと、愛することは似ている。一緒に同じものを食べることは
愛を交わすことに似ている。町子と健次郎が、ふたりでしゃべり、笑い
時には美味しいものをつまみながら飲んでいるのは、この二人にとっての
ラブシーンだったことに気づく。頭を使ってしゃべり、心を使って笑い
そして身体を使って飲み、食べる。そのすべてをふたりで共有し、想いを
交わし合う、大人の、濃厚にして、清らかな、ラブシーンなのだと思う。