撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

 雨音

初めてふたりでドライブしたのは海だった
それからしばらく
ふたりの時間をお互いに差し出しながら何度も会った
お茶を飲んだり
お昼を食べたり
美術館を覗いたり
その時によって晴れたり降ったり
どんな天気でも会えるだけで良かった


それがいつしか雨が嫌いになった
雨が降る日に出掛けるとなんだか不安なことが起こる


本当はあのひとがそこにいたのもそう驚くことではなかった
少し前にランチの約束をしたのだけれど
どうしても仕事の都合がつかず断わったのだった
行けなかった約束の日、朝から雨が降った
無理せずに断って良かったと思った


いつから雨の日に会うのが怖くなったんだろう
あのひとの困った顔に大丈夫と笑うことができない
笑わない私を前にするとあのひとはますます困った顔をする


でもずっと会ってないひとからのお誘いを
いきなり断ったままにするのも気がかりだったので
何日か前にこの日の仕事までが忙しいのだとメールをしていたのだった


助手席に乗り込んでしばらくぶりの挨拶をする
街中を走りすこし郊外まで足をのばす
街中の銀杏の黄金をしのぐ紅葉の色が見事だった
心が浮き立ってきた
突然ちいさな旅行に行っている気分になった



雨が降りだした
雨音が車の中のふたりを包む
すこしだけ無口になって
ほどなく山の中腹のレストランに着いた
傘を探してさしかけてくれるあのひとに寄り添って車を降りると
レストランの若い男性が腕にビニール傘を二本かけ
店の大きな傘をさしてこちらへと走り寄ってくる
「すみません、遅れて!」と息を弾ませて駐車場へと


店の傘に半分入れてもらいながら
あのひとは自分の傘をわたしへと大きく差し掛ける
そのすこしどうしようかと悩んだ三人の様子を
よそから眺めることを想像するとあとで笑えた


店の中はまったく快適だった
ひとの数も
料理の運ばれるスピードも
大きな窓から見える景色も
遠くに臨む海に浮かぶ島は急に降り出した雨でけむっていた
そして眼下に広がる山は見事に鮮やかな色合いだった


すべてくっきりと見えなくてもいい
いまこの手の中にある
見つめたいものさえ見つめることができるなら
思い出せば雨の記憶も様々
忘れてもいいこともある
思い出したければ思い出せばいい


私は薔薇の蕾を浮かべた食前酒を傾けながら
雨音に聞き入っていた
いや
本当は雨音などここまで聞こえはしない
でも
今日の雨音はどんな音楽より心地よい
そう思えていたのだった