撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

呼吸

しばらくあのひとと逢えない日が続く
日常に何の支障があるわけではないのだけれど
こころの奥のほうがすこしだけカサカサと音を立てているような気がする
そんな自分もまたなんとなく腹立たしくて
土曜日には部屋の中をひっくり返して大掃除をした
春だというのに日差しが痛い
それでも今日はその日差しがすべてを晒して新しくしてくれるような心地がして
化粧もせずにいちにち家のうち、そとを歩きまわって整える
ひととおりすべて終えてあとは洗濯ものが乾くのを待つだけという時間
頑張った自分のために熱いミルクティーを淹れて人心地ついた
と、携帯が鳴る


予想もしなかったあのひとからだった
たわいない話をしながら胸が高まって呼吸がはやくなるのが分かった
いけないいけない
ふつうどおりの声を出そうと気持ちを落ち着けようと努める
そのとき電話の向こうからあのひとの大きな深呼吸が聞こえた
ふう・・・
一緒にわたしも大きく息を吐いた
そしたら吸う息と一緒に笑顔が戻ってきた
ひとしきり話をして笑って切った


電話を切ってから掃除の済んだ部屋に寝ころんだ
深く息をしながら目をつぶった
ふたりでいると深い呼吸ができる
そうあのひとが言っていたことを思い出す
もういちど大きな深呼吸をした
胸に耳をあてて聞いたあのひとの鼓動を思い出す
ふたりの呼吸が重なった時を思い出す
目をつぶると波が見える
わたしのからだのなかに波が打ち寄せるのを感じる
そのまますこし眠った
目が覚めると涙の跡がついていた
悲しくもないのに涙がでるなんてきっと潮が満ちたんだわ
と、大きな息をひとつ吐いて洗濯ものを取り込みにいった
いつの間にか日差しは眩しいばかりで空気はすこし肌寒くなっていた