撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

急がなくていいから

若い頃、横断歩道の前で立ち止まって待つのが嫌いだった
だからなるべくその前から信号の気配を見据えて
待つ時間が最小限で済むように、歩を緩めたり走ったりしてた
仕事を始めたばかりの頃、天神界隈をお使いで走り回ってた頃


仕事を覚えて遊びも覚えたころには天神、中洲、その他いろんな街には
昼の顔も夜の顔もあることを知った
春先の、空気が緩んだような季節には特に
時間の感覚も違ってみえるような深夜の空間がある


いい気分で酔って次の店へ移動する時間帯
ひともまばらになって、闇は自分だけの空間のように思える
それでも仕事でも使う交差点あたりでは思わず昼の癖が出て
ひとり横断歩道に急ぎ、思わず走って駆け抜けようとしたりして・・・


「な〜にをそんなに急ぐかね」
と、腕をとらえられて横断歩道の真ん中で立ち止まらせられる
中央分離帯のつくる横断歩道の真ん中の安全地帯で信号ひとつ分立ち止まる
「誰が横断歩道は一気に渡らんといかんと決めたかね
 止まりたかったら止まっていいんやから」
そう言って悠々と空を見上げる当時のわたしの「お酒のお師匠さん」


いままでそんなところから景色をみたことなどなかったから
全然別の世界に見えた
いままで当たり前で、守るべきことだったり、やらなきゃいけないことだったりしたことが
なんだか絶対ではないし、そんなにしゃかりきになるほどでもないように思えた
そうか、立ち止まりたかったら立ち止まればいいんだ
そうすればいままで見えなかったことが見えてくるかもしれない・・・


街の空は街の灯りを映していただけで
見上げた空に月があったか星が見えたか全然覚えていない
ただ、中央分離帯の植え込みを渡る埃っぽい風も悪くない
そう思ったことだけはどこかに記憶しているような気がする