撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

月の光

 いま、わたしはひとりでいる。自分の場所にいる。月は満ちては欠ける。
そう、満ちては欠けて、姿を隠しては、また明るく、冷たく、輝く。
 ふと空を見上げると、下弦の月が子を孕むように膨らんでいた。ああ
もうそんなに長いこと見上げていなかったのか・・と笑って、何故だか
安堵している自分がいた。


 あの人からはメールが届く。日々の出来事と天気の話のさりげない
メールが届く。そのむかし、夏目漱石は、I Love You を、月が綺麗ですね
と訳した・・という話を聞いた。


 私はあのひとが月だと思っていた。追っても追っても届くことのない手を
伸ばしてそれでも自分のものにいつかなるのだろうかと、月をみていた。
 いま、わたしもあのひとも、同じ月を眺める人間なのだとわかった。手を
伸ばせば触れられる人間。しかし、月を眺めることなどよりも、はるかに
奇跡に近い確率でめぐり逢ったわたしたち・・・。月に自分の足跡をつける
ことは、願い続ければきっと叶う・・と心に言えるけれど、あのひととわたし
ふたりで月を見上げることは、何気ないことかもしれないし、奇跡かも
しれない。


 月の砂漠を駱駝にゆられるあなたを見るのも楽しそうだね・・とあのひとが
言う。なにも言わずにわたしが微笑む。この世のものとも思えない風景を、
重さを持たない言葉を使ってふたりで会話する。


 逢えない覚悟をして、またいつか・・・と笑う。こんなに離れていて、
あなたの眼差しも、指先も、腕も、体温も、わたしを抱きしめていてくれた
ことに気づく。わたしが涙していた日々に、あなたもまた眠れぬ夜があった
ことに思いを馳せる。


 あなたが望んで、わたしも望んで、きれいに重なったから、奇跡が起きた
んだ。何も残そうとしない二人だから、別れのかたちも持ちはしない。星と
星がすれ違うように、また、お互いが瞬き合うときがきたら・・・。また
こんど逢える時に・・ほんとうに透き通ったこころでほんとうにその時を
心待ちにしている私がいる。