撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その7・・泣きたい

 ひとはどうして泣くのだろう。涙を流すと、雨にうたれた草のような
気持ちになる。ぺちゃんこになって、ぐしゃぐしゃになって、それでも
落ち着くと、前より強くなってるような気がする。泣くところなんて人に
みせるもんじゃない。テレビだって、本だって、映画だって、本気で
みようと思ったら、ひとりに限る。


 ただただ、自分のために泣くのだ。だれかのことが憎らしいとか、
何かのために自分が哀れだとか、ましてや、だれかが可哀想なんて、
そんな気持ちは入れてはいけない。そんな涙は、頭が痛くなる。全て
通り過ぎるまで我慢して、誰のためでもなく、何のせいでもなく、
泣きたい気持ちだけにきれいにろ過してから、ただただ一人で泣くのだ。
それなのにどうして・・・。


 あのひとの前で、泣いてしまった。なんの前触れもなく、なんの理由も
なく、ただあとからあとから溢れてくるのだ。あのひとと同じ気持ちでいる
と、ひとつに重なったと思ったその時、抱きしめ合ったその胸を離し
視線を交わしたその時、温かいものがつたうのを感じた。頬を濡らす涙。
 あのひとは何もきかなかった。涙の理由をきくかわりにもう一度
わたしを抱き締めてくれた。わたしは、あのひとの背中にきつく腕をまわし
ながらただ泣いていた。初めから透明な涙だった。しあわせなんて言葉も
入りはしない。なんの意味も持たない、わたしの心に降り注ぐためだけの
涙。わたしのなかで何かが溶けていくのを感じていた。