撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

さくらの咲く頃

 子供の頃は桜に大した想いはなかった。入学式や卒業式のご挨拶や
呼びかけのセリフなんかには必ず登場するものの、決まり文句のよう
なもので、さらりと使っていたような気がする。


 大人になって・・それも40も過ぎてからやけに気になる。


 冬のただの枝にしかみえない木々に硬いつぼみを感じ始めるころ・・
まだ、一花だってほころんでいないのに、急にピンクのオーラのよう
に蕾の気を感じ始める頃、そう・・ある日突然、桜の木がピンクに
煙ったように見え始めるのだ。


 そして花の開き始めるのを確かめつつ、毎日のお天気を心配しつつ、
その年、その年ならではの桜の花の思い出が増える・・・。


 雨にけむる満開の桜・・・
 夜空に浮かぶ桜の花陰・・・


 光を受けた桜は暖かく明るいけれど、闇に沈む桜はどこかひんやりと
しかしなまめかしい。そして雨に打たれるとなんともけなげに見える。


 何だか桜の記憶が新しいのは、去年の桜が印象的だっただけでは
なく、思いがけず秋にも出会ったから・・。学生時代にランチを食べた
ことのあるビストロに、初めて夜行く機会がありご主人とお話した。
思い出話に文字通り華を添えてくれたのは、庭に咲いていたという
桜の一枝、それと昔は気づかなかった壁に並べられたオードリー・
ヘップバーンの写真たち。落とした照明のなかでカクテルグラスに
活けられていた桜の一枝がきらめいていた。


 そしてもうひとつは、秋に訪れた美術館の前庭にあった、ただ一本
だけ満開の桜の木。そこだけ違う空気が流れているように、まるで
想いを叶えるように立っていた可憐な小さな桜の木が心の青空の中に
いつまでも残っている。


 今年はどんな桜を見るのだろう?
 今年はどんな思い出をつくっていくのだろう・・・。