撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

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あの子とは、それから2年ばかりつきあった。今でも思う。あれは、本当の
恋だったのだろうか?まだ、なにも知らなかった私は、起こること起こること
にびっくりして戸惑うばかりで、自分の心も相手の心も深く覗く暇もなかった
ような気がする。


 その何年も前から私の心の中に住み続けていたあのひとのことを考える
ほうが、その何倍も恋という言葉に近い・・ずっとそう思っていた。手を
握ったこともないあのひとのほうが、わたしのこころを締め付ける。


 そんな自分をずっと許せなかったわたしがどこかにいる。心の中に
だれかを住まわせながら、明るい笑顔を向けてくれるひとに微笑みを
返すのは罪ではないの?わたしという人間は、やさしい顔をしながら
とてつもなく恐ろしく残酷な嘘つきではないのか?


 棘は、あの子がわたしに刺したのではない。そんな何気ないものを棘だと
感じるようなそんな気持ちのままであの子の前で微笑んでいたわたしこそが
絡まることなく走り抜けるはずのいばらの茂みのなかで、棘にからまれて
身動きできない野ウサギになってしまうのではないかと怖れていたのだった。


 その罪がばれて裁かれるかのように、罪を償うかのように、私は
あれからまだあのひとのことを忘れることが出来ずにいる。指一本触れず
口づけさえ交わさなかったあのひとへの想いに囚われている。