撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

きれいなこと(芋たこなんきん)

 きれいなもの見せてあげる、とお母さんが子供達を呼ぶ。
火事のように真っ赤に燃える夕焼け・・。きれい?と訊く
子供。そこにお父さんも加わり、ああ、きれいな夕焼けや
とみんなで空を眺める。みんなで寄り添って・・。


 ああ、綺麗なものも、美味しいものも、楽しいことも、
面白いことも、こうやって、親から教わってきたんだ。
いつの間にか覚えた言葉も、母や家族が伝えてくれたように
心の中の色々なアンテナの原型も、こんな風に小さい頃
親や周りの人たちからもらったんだ。


 ちいさい町子のなかでは、夕焼けも、悩殺も、逢い引きも
みんな同じきれいな、魅力的なものだ。それは、区別が
つかないのではなく、彼女の敏感でそして子供ならではの
純粋な感受性が、その中に含まれる、美しいものを感じ取る
からなのだろう。


 田辺聖子さんが、ハイミスを書いても、中年のおっさんを
書いても、不倫をかいても、お年寄りを書いても、どれも
いやらしくなく、人間の美しさと愛しさとしたたかさが
伝わってくるのは、きれいなもの、素敵なことを見つける
確かな、そして純粋な目を持っていらっしゃるからなんだ
なんて思いました。


 そこまでハイレベルな目をこれから持つことは難しくても、
夕焼けの美しさ、道ばたの花の可憐なこと、ちいさな動物の
いとおしさ、そんな何気ない当たり前のきれいなことを、
自分の周りにいるひと、たまたま居合わせた子供たち・・などに、
少しでも伝えられたら、心の中にきれいなものをキャッチする
アンテナを増やせないかな、と思います。そうしたら、何かが
変わっていくような気がする・・・。