撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

自分の目でみること

 小学校の参観やら発表会を見る機会に恵まれてから、9年目。時々気に
なること。子供が目の前にいるのに、子供の様子を見ることをせず、
親同士で情報交換(おしゃべり)しているひとが増えてきていること。


 学校の敷地内ではいいですよ。休み時間とか、行き帰りとか、発表会の
待ち時間とか・・。でも、全校生徒が声を合わせて歌ってるのに、どうして
それに注目しないでおしゃべりしてるの?我が子が歌ってるんじゃないの?
学年ごとなら、ふ〜ん、あんたにとっては待ち時間なのね・・ってそれなりに
納得するけど・・・。


 お母さん友達と、うわさ話するよりも、学校での我が子を1時間密着取材
(いえ、ただただ観察するだけですが)したほうが、よっぽど面白い情報が
得られると思うんだけどな・・・。


 「じみへん」って漫画で前あったなあ。銀行行って、銀行強盗に遭遇した
のに、なんてことなく帰ってきて、自分ちで、その様子がニュースで流れる
のをテレビでみて「そうなのよ!あたしこの場所にいたのよ!」って興奮
してる人の姿。
 百聞は一見に如かず、と言う言葉もあんましきかないなあ・・。一見を
百聞によって確認してるってか?


 発言には責任が伴う
 発言がその意図まで正確に伝わるとは限らない
 それがわからないひとほど、軽く、重大な発言をすることが多い。


 どっちに転んでも、自分で確かめないといけないわけですね。だからこそ、
不確定なことは、不特定なことは、できるだけ悪意を含まないように、負の
エネルギーを持たないように、それだけは気をつけたいと思ってはいるのですが。
 それでも、しゃべるのがだんだん億劫に思えるこのごろ。自分の日記の中で
だけ、こんなに勝手におしゃべりしています。