撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

思いがけないこと(純情きらり)

 「思いがけない帰還」の、思いがけない・・って誰の気持ちか?って
あったけど、それは、誰よりも達彦本人じゃないのか?


 死を覚悟して戦地に乗り込み、お国を守るために命を懸けて戦った
兵隊さんたち。戦争で起こったことは平和のなかでは考えられないような
ことばかり。それは仕方がなかった・・と言われるかもしれないけれど、
あれは尋常な自分ではなかったと言うかもしれないけれど、達彦のような
人もいるだろう。人を思いやり、先を考え、繊細な神経を持ち・・。
 そんな人が、戦争だから、と人を殺せるものか!避けられるものなら
避けたい。できることなら、この場から消えてなくなりたい・・。理屈も
通らず、話も出来ない、そんな関係は人間の関係ではない!と思う。


 そんな中に出ていくためには、命を懸けるしかなかったのだろう。今
分かる。桜子への死を覚悟した手紙は、戦場へ出ていく達彦の覚悟だった
のだろう。国を守る壁となり兵器となる、自分の命はもうない、ひとりの
人間としての感情や思考などは・・・持てるわけもない・・。この手紙は
人間、達彦の死を意味する手紙だ。あれは、死の直前に書いたものでは
なかった。きちんとしたためたものを胸のポケットにでも入れていたように
文字は綺麗だったのに、紙の端だけがすり切れていた。


 自分は死んでいくと思ったからこそ、そして、生死ぎりぎりの世界だから
出来た様々な戦地でのこと。その記憶を冷静なまま、誰のせいにも何のせい
にもしない達彦のようなひとが、普通の世界に持ち帰るのは辛すぎる。誰が
許しても、自分が許せない。自分は帰ってくるつもりはなかったんだ・・。


 達彦が持っていた一枚の写真・・。亡くなった戦友の形見だろうか・・?
戦没画学生の絵を展示する「無言館」の残された家族のメッセージを思い
出した。


 「弟にはいいひとがいなかったから、わたしが一緒に歩いたんですよ」
と思い出を語る、弟亡き後、ひとりで生きてきたお姉さん。


 死ぬ間際まで描いた芍薬の花。それは、自分のことをいつも助けてくれて
いたお姉さんへのお礼のハンカチだった。弟は還らず、そのハンカチだけが
姉のもとに届いた。


 戦死した息子のことを一言も語らなかった画家の父。90歳を越えて、
ただひとこと「悔しい」と。


 残された一般のひとの痛みは想像に過ぎないとはいえ、いくらか想像する
ことができるが、戦争に行って亡くなった人の気持ちは私には想像できない。
戦争に行って生き残って帰ってきたひとの気持ちも、戦争に行った人にしか
分からないほどすさまじいものだろう。
 達彦は、戦争に行って亡くなったひとの気持ちの上に、残されたものの
苦しみも味わっている。その上に母の死を知り、亡くなったひとを悲しむ
ひとの気持ちまで分かってしまった。みな、達彦の生還を喜んでいるが、
達彦の普通の世界での席に彼を座らせようとしているけれど、彼の中では
戦争は終わっていない。達彦が自分の帰還を受け入れるためには、どんな
ことを経なければならないのか・・・。


 戦争は終わった。しかし、戦争が残した傷跡はいつまでも消えない。
戦争だから仕方がない・・というようなことすべて、普通だったら許されない
ことすべて、わたしたちは二度としてはいけないと思う。そんなことをしなく
てはならないような状況にこの世界を陥れてはならないと強く思う。