撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その10 夢

 あの人の夢を見た。見知らぬ土地で、あの人といる。
あの人が手をさしのべる。すぐ届く所にいるのに、手を伸ばせば、触れられる
のに、私の手は動かない。どうしても動かない。そして、あの人も、それ以上
近づこうとしない。わたしの焦る気持ちとは裏腹に、ただ微笑んでいる。


 そのうちに気がついた。この景色には見覚えがある。決して訪れたことの
ない土地ではあるが、見覚えがある。どこだったか・・?


 目覚めたとき、涙の跡で頬が張り付いていた。笑おうと思ったのに、上手く
笑顔がつくれなかった。かわりに情けないため息をついたら、喉も張り付いて
痛みをもって腫れているのに気がついた。


 それから3日間寝込んだ。何も食べたくなくて、生きているのが面倒くさく
思えた。ここで私が苦しんでいることなんか、だれも気づかない。このまま
私がいなくなったって、あの人は私を捜したりしない。あの人から逃げ出す
のも、あの人に恋い焦がれて死ぬのも、あの人から見たら同じにしか見えない
のだ。何もかも許してくれているようで、何も束縛していないようで、本当は
あの人と一緒にいることと、あの人と一緒にいるのをやめることと、その
どちらかしか私には選ぶことが出来ないのだ。


 熱が下がっていく頃、あのどこかで見た風景を思い出した。あれは、
わたしが繰り返し見た夢。小さい頃から熱が出るたびに繰り返し見た夢。
一人になってからずっと見ていなかったことに気づいた。あの、懐かしく
苦しい夢。思えばあの夢の中に私以外の誰かが現れたことも初めてのこと
だった。


 ぼんやりと、夢のことを考えている・・・。