たかが・・されど・・
子供を育てるのは、天から与えられた至上の喜び
子供を育てるのは、はかり知れない不安と恐れ
いつも思ってるわけではないけれど、折りに触れて思い出す。
いとしい幼子の眠る顔を幸せな気持ちで眺めながら、ふと、
ちゃんと息をしているかしら?と思ったら、不安で不安で、眠れなくなった
あのころを。
自分の力を出し切って、よりよく生きていって欲しいと思う時と、
愛しい子が目の前にいるだけでそれ以上望むことがあるだろうか
と思う時と。
伝えるべきことを残さず、何度でも何度でも、たとえ疎まれようが
伝えなければならない。それでも、ほんとうは生まれたままのその存在
だけで、充分愛していることも。
一生子供が自分のものだと思うのなら、うるさいことは言わないけれど、
子供の人生は子供自身のものだと思うからこそ、離れるためにこそ、強く
思いを伝えようとしていることを。
日本の、美しき「本音とたてまえ」が失われてきて、少しこどもを
育てるのが難しくなったような気がします。たてまえは、虚構ではなく、
かたち、だったはず。または、共通認識や常識と呼ばれるもの。
汚い大人の社会や、あまりに多様化した家族や生活が透けて見え過ぎて、
たてまえ、が言えない。説明するには、注釈が長くなり過ぎて、子供に
ストレートに伝わらない。こどもは、長ったらしい説明より、大人の
社会の現状や姿こそを、その純粋な直感で感じ取って、自分のものに
してしまいます。
子供に見せてはいけないものはあるはずなのに・・。
子供のうちにみせてあげなければいけない世界もあるはずなのに・・。
すこしずれてしまいました。大人の世界は昨日も今日も明日も
たいして変わらないけど、こどもの毎日は、世界がひっくりかえるほど
変わることもあるんじゃないかと思う。そういう世界のひととつきあって
いるんだと、忘れないようにしなければいけないな、と時々思います。