撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

自分の居場所

 今日の純情きらりで、杏子さんが言ってたよね。自分の居場所が
欲しかったんだって。もしかすると、3姉妹全部そう思ってるのかも
しれないな・・って思った。一番それにはっきり気付いたのが彼女
だってこと。


 だれかを幸せにしたいと思ってはじめて自分が幸せになれる・・と。
それは、・・そういう時代はあるよな・・と思う。でも、それも
一歩間違えると、行き詰まってしまうから・・・。元気な時はいいけれど、
動けないときにつらいから・・・。


 愛された記憶は、生きていくエネルギーになる。子供のころに大切に
してもらったこと。それが、当たり前のことでなく、どれだけ有り難い
ことだったかわかるのは、ずっとあとのこと。


 大人になっても自分の居場所がどこなのか、いつも自信満々でいられる
わけではありません。世話をするのもされるのも、愛情なくしては
できないけれど、それに愛情をかけるのはどうかと思うし。自分は自分で
立っていなければ・・・。いるだけで価値があるのだから、少なくとも、
存在することの責任はあるのだから、やりたいことがあればやるし、
悩むんなら本気で悩まなくっちゃね・・・。と、平凡な日常のなかにも
けっこう揺れ動く心があります。おばさんは悩みなんかないと思ったら
大間違いよ!あっ!でも、外から見たらどう見えるか知りませんが、
自分では、一生おばさんにはならない!と決めています。ひとを括るのは
最低だと思ってますから。近頃の若い者は・・と言ったときは、人生を
降りた時だと思っている。


 薔薇の花でも、ひとつひとつ違う顔をしている・・といっていたのは
Papa told me」(榛野なな恵)の元市長さんだったっけ?


 区別のつかないのは、一歩中にはいって、本物のそれらにふれようと
しないからなのでしょうね。薔薇の花も、若者も、嫁も、中年も、
ひとつひとつ違って、それぞれの個性と味わいがあるに違いない。
(とんでもないのも、なかにはね!)そうか!そうして、ほかの誰でも
ない、あなたと居たいからあなたとこうしてここにいるんだ!と互いに
思える人といられる時に、最高の居場所になるんだろうね!