撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その5 想いのながれるままに


 恋に成熟なんてないんだろう。


 おとなになったら、スマートな恋愛ができるなんて嘘だ。場数を
踏んでも、落ち着いて恋を楽しめるなんてありえない。
 どちらがより多く愛してるなんてこだわるつもりはない。私と
仕事とどっちが大切なの?なんて質問をぶつけるレベルはクリア
した。それでも、この逢えないときのジリジリした気持ちは一体
なんと形容したらいいのだろう。心の奥底に封印されていたものを
陽にさらされて、もとには戻れなくなって呆然と立ちすくんでいる
わたし。何がはいっているかも知らない箱を浅はかにも従順に開けて
しまったわたし。開けるのを決めたのはわたし。ひとりその場に残って
しまったのもわたし。誰のせいでもない。わたしが決めたのだ。それなのに、
笑顔で席をたつことの出来るあの人が憎い。優しい声をかけて去って
いくことのできるあの人が憎い。なんて勝手なわたし!


 あの人のいない世界のわたしと、あの人を知っている世界のわたしが
毎日わたしの中でせめぎあっている。そのふたつをこともなく行き来
しているように見えるあの人が憎い。本当のことは誰にもわからないのに。
 箱を開いたのはわたしだけではないのかもしれない。わたしだけが、
こどものように見せびらかしてるだけかもしれない。そしていつまでも
おかたづけのできない子供のわたしは、もう少し、もう少しとあの人に
甘えているのだ。自分の箱を何事もなかったようにもとどおりに包み
終えたあとで、あの人はのろのろと箱を包んでいるわたしの背中のボタンを
かけて、靴ひもまで結ばせられている。わたしはいつおこられるか少し
びくびくしながら、あの人を見下ろして、甘く、ほろ苦いためいきを
つくのだ。結んだひもを今度ほどいてもらうのはいつなんだろう?