撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

理想のひと

楓ちゃん、飲みに行こ!
急に師匠1はそう言って自分の部屋に駆け込み
5分後には準備を整えて鍵を掛けていた
さっきは部屋着でストレッチしてたひとが
5分でどうやってこんなに夜の街に出られるほどになるんだろう?
はは、夜だからいいんじゃない
昼だったらもっと時間かけなきゃ出られないわよ
そして半分眠っている街並みを早足で抜けて
ちょっぴりにぎやかになるその始まりあたりの店に入る
カウンターのはしっこが指定席
師匠がいうにはここのマスターは薬剤師なんだって
え?くすり?漢方とかハーブとか?
じゃなくってね
淋しかったり苦しかったりするその時の心に
ぴったりくる曲や映画を教えてくれるんだ


店の片隅にはモニターが据えられ
よくみるとスピーカーも取り付けられていた
今日は低く音楽が流れているだけだけれど
そこでマスター秘蔵の映像を流してもらうこともできるらしい


楓ちゃんが恋してるひとってどんなひと?
どこが好きになったの?
なに悩んでるのよ


大きな氷の入ったロックグラスにほんのちょっぴり入ったバーボンを
両手であたたためて溶かすようにしながら師匠が聞く
恋じゃないんですってば!って答えながら
いったいどこが好きになったんだろうって考えてみる
そもそもわたしってどういうひとが好きなんだったっけ
気の合う友達が特別に気になり始めるのってどうしてなのかしら?


水割りにしてもらったバーボンが
今日はちょっぴり苦く感じるやって思いつつ
それでもまあいいかっていつものペースで飲みながら
下を向いたままお師匠様に質問してみた


ねえ、依子さん
よりこさんの理想のひとってどんなひと?


死なない人
わたしが生きてるあいだ中わたしといてくれるひと


即答だった



低く響いてきた曲はスタンドバイミー
お師匠様は酒瓶の並んだ壁の棚をみたままそのあとなにもしゃべらなかった