撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

優しい日本語

ひとさまのブログ中
「ハッピーアワーに0次会的なノリで」飲食店を利用・・の文に遭遇


愛すべき博多ハープとホテルオークラ
ハッピーアワーを利用したことのあるものとしては
反応する文章
少なくとも半分は理解可能(笑)
※私の知るハッピーアワー:飲食店等で、メニュー価格の割引などの特典のある
                  お店の設定する早目の時間帯


でもこれって
穿った読み方をすれば
「まだ陽の高いうちから一人酒」
いやいやそれはあまりにつわもの過ぎる気もするな
だとしたら
「集まり本番の前に気の合う仲間で迎え酒」か?
若いお嬢さん、恐るべし(笑)


昔からの業界用語のように
短くて独特の言い回しってどこかオシャレなカッコいい感じもする
ひとと親しくなりたい気分のとき
そのひととだけ通じる言葉を作りたい、遣いたいと思ったりもする
でもそれってけっこう難しいこと
親しく話してるつもりのひとと
意外とわかり合えてなかったりすることもあったりしてショックだったりすることも
(笑)



折しも昨日、バーで出会った初対面の年下の女性に
「なんかつかう日本語がとてもきれい」と言われ
ちょっと嬉しい気分になってたところ
彼女曰く「変な省略をした言葉を遣ってない」ところがそうらしい


過剰な表現も邪魔ではあるけれど
足りない表現も居心地の悪いものなのだろう
動きやかたちにも過不足があるように
文章にももちろんそれがあることは知っていたけれど
話し言葉、さりげない会話の中にもそれがあるということに気付かせてもらった気分
ともすれば削ぎ落とすことに洗練を考えていたけれど
鋭角になりすぎてもそれは居心地の悪い時もあるのだろう


ふうん・・と一日経ってからそのことを思い出して
ふと思い至ったのが料理のこと
「出汁」だとか「スープ」だとかのこと
素材そのものが突出したような迫力の料理に魅了されることもあるけれど
丁寧にとった出汁やスープのあたたかさはいつも優しい
それ自体が主役として主張することは少なくても
ベースにはかならずそれがあるのだろう


ああ・・
優しい日本語を話したいな・・と思った
食べ飽きない料理のような
となりにいても邪魔にならないひとのような
でも手をさしのべれば手を取り合えるような・・・


ひととの出会いはいつも刺激的
それがたとえひとときだけのものだったとしても
わたしのなかにまたひとつあたらしいものを加えてくれる