撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

しきたりより大切なこと(どんど晴れ)

 女将環が女人禁制の板場へ一歩を踏み出した。大女将が
加賀美屋の人間だけでなんとかしてみては?と言ったことも
後押ししたかもしれない。いいんですか?の問いかけに大女将
「しきたりよりたいせつなことがあります」。そうなのだ。
しきたりは、たいせつなものを守るためのいわば手段。元々の
大切なものを守るためには、どうしても必要な時にはそれを
変えることもひとつの勇気だ。


 伸一が板長に優しい言葉をかける。そうだ、このひとは、時江
さんにもこんな風に優しかった・・と思い出す。伸一にとって
加賀美屋の人間は、やはり家族も同然だったのだ。母が女将として
忙しく子供としては淋しかったかもしれないが、加賀美屋を嫌うこと
なく、逆に母がその気持ちを込めていた分まで、伸一もまた加賀美屋
のことを愛してきたのだろう。


 夏美に向かって「頭を下げてくれてありがとう」と伝える。夏美が
笑顔で「私も加賀美屋の一員ですから」と答えるのに、素直にそうだな
と答える伸一が可愛らしかった。彼の心が、夏美の加賀美屋に対する
心とこっくりうなずきあったのが見えたようだった。