撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

健次郎さん、健次郎さん・・(芋たこなんきん)

 健次郎が倒れる。居合わせたのは、さすらいの男、兄と、町子の
母。手術中の健次郎のもとへ、次々と子供達が駆けつける。父との
思い出が巡り巡る。さすらいの男・・と、ひとっつも落ち着いて
いなかった健次郎の兄が、この場所にいることがなんとも面白い。
何故か、いつも、これは・・というときにはいる。今までそこに
いなくても、ここにいることがなんの不自然さもないのが、これが
血のつながりというものなんだろうか?それまで健次郎と、兄が
一緒に生きてきたことのつながりというものだろうか・・と感じる。


 町子が病院に駆けつける。「健次郎さんは?」「うちの人を助けて
ください」「健次郎さん!健次郎さん!」


 町子の声が響く。それは、徳永家に入って、おばちゃん、おばちゃん
と慕われるあのゆったりと笑っている、食いしん坊の町子さんでは
ない。


 はじまりは恋だったのだ。男と女として、尊敬しあえる人間として
幾億の星の中から、縁あって、出会って、迷いながら、ためらいながら
それでも一緒に生きていくことを決心した、ふたりだったのだ。


 どんな環境も、どんな家族も、受け容れ、愛情を注いだ町子さんも、
この健次郎さんとの出会いがなければ、始まらない。どんなに子供
たちを慈しみ、子供達に信頼されようと、町子と健次郎を繋ぐものは
それに頼ることは出来ない。はじまりはふたり。そして、残るのも
ふたり・・。どんな夫婦も本当はそうだろうけれど、この二人はその
ことを一層鮮やかに考えさせてくれる。


 愛は強い。しかし、一方で、愛は儚い。そのどちらも真実であることを
見据えながら、愛の物語をえがく田辺聖子さんは、深い・・と思う。