撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

 いつもはじまりはちょっとした偶然からだ。いつも振り向かない
音に振り向いてしまう。いつも立ち止まらない場所で立ち止まって
しまう。そして、今まで気づかなかったものに、運命の出会いのように
出会ってしまうのだ。


 それは、一枚の絵だった。まちなかの画廊に気まぐれで立ち寄った。
そんなに広くないスペースに不似合いな大きさの日本画が掛けてあった。
日本画で描かれた、見知らぬ外国の風景。そして、その石造りの
建物からこぼれ溢れてくる光の洪水。ほの暗い室内に、そこだけ日が
射しているように浮かび上がる風景。吸い寄せられるようにその絵に
近づく。不思議だ。近づいても輝きは変わらない。まるで、その絵
そのものが光を放っているかのように、明るさをあたりに振りまいて
いる。いったいどんな絵の具を使えばこんな光を描くことが出来るん
だろう。触りたい気持ちを必死で押さえてその絵の前に立ち続けて
いた。もしかしたら、わたしは指先を伸ばしていたのかもしれない。


「まぶしいね」後ろから突然聞こえた声に、聞き覚えがあったわけでも
ないのに、瞬間的に振り返ってしまった。あるいは、心の中を見透かされて
触っちゃいけないよ、と聞こえてしまったのかもしれない。それほどに、
その一言は、わたしの心を覗き込まれたような気がする声だったのだ。


 あまりに突然に振り返ってしまったものだから、思いがけず、
見知らぬ人と正面から向き合うかたちになってしまった。そしてその
ひとは、初めからそうなることが分かっていたように、なにも驚いて
いなかった。なんのためらいもなく私に向かって微笑んでいた、ように
見えた。たじろいだり、顔を背けたりしたら、まるで失礼にあたるような
気がして、精一杯のさりげなさを装って微笑み返した私は嘘つきだ。