撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その32 繋がる

 暖かい部屋にあのひとといる。ぴったりと耳をつけてあのひとの
規則正しい鼓動を聴いている。変わらぬリズムがわたしのこころを
落ち着けてくれる。ここ、ここ、いまわたしはここにいるって、あの
ひとの胸がわたしにそう言ってくれてるような気がした。


 あのひとの胸に抱かれて、いままで固く目をつぶっていたのに
気づいた。あのひとに身をまかせ、漂うままに揺られ、あんなに
恋い焦がれていたような気がしていたのに、目を開けたとき初めて
あのひとのその表情を見たような気がした。鏡に映った私の顔かと
思った。あのひとに逢ったあとに鏡に映る、不安とためらいの表情に
見えた。わたしの顔がこんなところにある・・・。


 見つめ合った。自分の顔を鏡で見るように、視線を逸らさずに
じっと見つめ合った。あの人の表情がおだやかに変わっていく。
自分の顔が緊張を緩めたように、わたしのなかのどこかからちからが
抜けていくのを感じる。見つめ合ったまま時が流れていく。いつもと
同じ時なのに、止まったように穏やかに時が流れていく。あのひとが
わたしにたずねる、わたしがあのひとに答える。わたしがあのひとに
懇願する、あのひとがわたしに頷く。言葉ではなく、目で、身体で、
伝わる波の端々で・・・。


 あのひとの微かな喘ぎと、わたしの小さなため息がずっと昔から
知っているように綺麗にならんで重なった。何も言わずに抱きしめた。
過去のあのひとを未来のわたしが抱きしめているような気がした。