撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その30 目覚め

 目覚めたくなかった。ずっと眠っていたかった。雨が降っている。気分が
重い。優しい思い出と、思い出したくない出来事が雨の音とともに、しのび
こんでくる。何度眠って目覚めても、指先は冷たいままだった。


 やっぱり今日もあのひとからのメールは来ていなかった。あのひとが
してくれることはすべてわたしのしてほしいことだが、わたしのほしい
ものをあのひとはくれない。だから、わたしはひとりでいる。だから
ひとりでいることが出来るのだけれど・・・。


 ひとり目覚めた朝には、文の遅さに愛を疑った平安の女たちを思い出す。
髪をのばし、裳を引きずり、愛だけに生きていたように描かれる、そんな
おんなにはなりたくないと、思った日を思い起こしながら、一方で遥か
昔からの女達の血と想いを受け継ぎながらこのわたしは出来ているのかと
雨音をききながら目をつぶってみる。


 あの人が熱かった。あのひとの腕に抱かれてなんだか自分が溶けそうだ
った。頭の中でチョコレートフォンデュを想像している自分がおかしかった。
食べたこともないくせに・・。そしてほんとうにあの人が居ない間カチカチに
凍っていた自分に気づいてしまったのだった。泣くことすら出来なかった。
水を掛けて溶かしても溶かしても、またくっついて凍ってしまうぽろぽろの
凍ったわたしが、あのひとの前にいて、無理に動かそうとすると、ポキンと
折れてしまいそうで、じっと動けずにいた。笑うことすらできなかった。


 こんど目覚めるときは、暖まっているだろうか?だれかに暖めてもらうのは
気持ちがいいが、離れたときがいっそう寒い。同じ体温で、同じ感覚で熱く
なっていかなければ、心地よく心通わすことすら出来ない。自分で自分を
解かしてから、あのひとに電話をかけよう。そして、もし嫌なことがあったら
心を凍らせてしまう前に、迷わず「また今度ね!」とわたしから断ろう。明日
は、またくる・・そう信じてもいいのではない?・・短い髪をかき上げながら
ちょっぴりそう思い始めている。