撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その29 子猫

 ほんとにお腹がすいて死にそうな気分でいる。何にもやる気が起きない。
何度も何度も、あのひとからのメールを見ては、約束の日にちと時間を確認
している。何もしないでいるには長すぎる。何かをするには短すぎる。約束
までに残された時間はそんな時間だ。


 逢えない間は、閉ざされた世界にいた。冷たいけれど、優しい世界だ。
自分の思ったとおりのかたちで凍っていればいい。決して触れることの
出来ないあのひとを思い浮かべて、自分の物語を作っていれば良かったのだ。


 いま、お腹をすかせて、からだを冷やして、こころもとない足取りで
歩いているみすぼらしい子猫の気分だ。ネコでもない、人形でもない、
などと言いながら、どんな風に暮らしてきたのか、たったひとつの
メールを見ただけですべて忘れてしまったような心細い気持ちでいる。
それでもきっと、明日になれば、意地を張ってなにも言わずにあのひとの
横に並んで座るのだろう。あのひとは、私の中でこの子猫が震えている
ことに気づくだろうか?優しく抱き上げて、暖かいミルクを飲ませて
欲しがっている子猫がいることに気づくのだろうか?


 気づいて欲しいのか、気づかれたくないのか、どうしていいかわからない
わたしが、ただすることもなく膝を抱えている。あのひとに出会ったときに
わけもなく泣いたりしないように、いまのうちに泣けるだけ泣いておこう
などと、またわけのわからないことを考えている。