撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その27 溢れる

 とりあえず、人のいるところに行こうと思い立つ。ひとりで空を
見上げても、こころは凍るばかりだ。暖かい場所へ行こう。ひとの
体温を感じる店にいこう。アニキのとこしかない・・と夜の街を
テンポをあげて歩く。ネオンが水面に滲む川にかかる橋を渡る。
ゆったりと流れるひとの流れに逆らうように、早足で進む。その時
携帯が鳴る・・・。


 不思議に思って取りだすと、登録したあのひとの番号が光を放って
いる。番号が映っている・・ずっとリダイアル出来なかったあのひとの
電話でなく・・・。いつもの声・・にいつもの声で答える。空白の時間
はなかったかのように。そしていつもどおりの会話をしてまたね・・と
答える。・・・一瞬の沈黙があって、それだけ?とあのひとの声。
なにが?と答える。優しい笑い声がして、いやじゃあまた・・と切れる。


 大きなため息をつく。その場で倒れ込みそうになる。だって、だって
飛び込む胸はないじゃない。風をさえぎる影さえないじゃない。自分で
歩くしかないじゃない。突っ張ってなきゃしょうがないじゃない。


 店に着く。コートを脱いでカウンターに腰掛けて、いつもの一杯。
「どう?元気」・・そうきかれて、うんっ!って笑顔を浮かべようと
して、どこかで何かか溶けて溢れ出すのを感じてた。あれ、おかしいな
ははは、あたしったら酔ってるや・・てごまかして下向いた。くらくら
めまいがする・・って言いながら、涙が溢れてくるのをどうやって
隠そうかと頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。冬が始まったばかり
だというのに、私の心の中では雪解け水が溢れて来たようだった。