撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その20 香る

 金木犀が開いた。実らなかった恋の香りがする。受け取って貰えなかった
手紙にしみ込ませた香水の匂い。あれから随分たったのに、その季節の
思い出を塗り替えてくれる人がいなかったことが寂しかった。


 あのひとと秋の思い出をつくりたかったが、そんなに上手くいくわけも
ない。ひとりで私は私の毎日を送っている。そんな私に突然届いた一枚の
写真。あのひとからの便り。海の見える街の景色だった。何の説明も
ないけれど・・・。


 潮の香りがしそうな風景のはずなのに、私の記憶が選んだ香りは金木犀
だった。この秋の記憶はこの風景に漂う金木犀の香り。それでいい。
いつもそうだ。コロンの香る抱擁も、最後はあのひとのなつかしい香りに
変わる。この金木犀の香りも辿り着けばあのひとの香りに変わるのだ。
そして、その香りこそ、わたしにとって潮のような波のような、はるか
昔に抱かれていた海のような安心する香りなのだ。