撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その18 撫でる

 ベッドに入り、頭を枕に埋める。あのひとの脇の下のくぼみにすっぽりと
頭をいれて眠ったことを思い出しながら・・・。背中に温かい気を感じる。
あのひとの腕の重さを想像しながら・・・。


 寂しくもないのに、悲しくもないのに、ただ、涙が出ていた。ああ、
あたらしいものを溢れ出させるための涙だ。何故かそう思った。


 自分の手のひらで、自分の頭を撫でてみた。あのひとがわたしの頭を
そっと抱えて髪の毛を撫でてくれるのを真似て、自分で自分を撫でて
やった。髪の先まで流れている血が、規則正しく並んで動いて、私を
巡ってくれていくようだった。あのひとに抱かれたあとと同じ安心感が
そこにはあった。


 遠い記憶はどこまで遡るのだろう。抱き上げられた記憶。手足を動かされた
記憶。肌に触れられた記憶。くちびるを寄せられた記憶。そして、撫でられた
記憶。あのひとがわたしに触れる感触は、遠い昔の記憶を呼び起こす。
自我も、感情すらの意識もなく、ただ、快・不快で世の中ができていたで
あろう、記憶を意識することさえなかった遠い記憶。あのひととの時間は、
生まれたてのこどもに還るような不思議な解放感に満ちている。