撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

逃げるとこ(純情きらり)

 冬吾たちの展覧会が開催された。好評で、誰もが新しい
希望に満ちている中、冬吾だけが、沈んでいる。
 新たな意欲を燃やす八州治に、「おまえは逃げるとこがあって
いいなあ」とつぶやく。
 川に落ちて意識不明の冬吾。夢うつつのなかで、桜子に呼び
戻される。冬吾さん、もう逃げるのはやめて、逃げんで、笛姉ちゃん
や亨ちゃんや加寿子ちゃんのそばにいて、と。


 冬吾の言う、逃げる、ってなんだろう?純粋に絵を描くこと以外
のことを考えることだろうか?今日、八州治に向かってしゃべった
冬吾に、初めて人間的なものを感じた。それは、うらやましさと、
見下した感じが入り交じった複雑な、敢えていうなら、いやな奴の
感じだった。ひとり、高いところから見下ろしていたような、
特別な存在だった冬吾だったが、素敵にもみえるが、その冬吾は
わたしは、どうしても好きになれなかった。それに比べると、一瞬
いやな奴の空気を漂わせたあとに、「いや何でもない」と言った
冬吾のほうが、人間的で、可愛くて私は好きになった。


 目覚めた冬吾が「笛子・・」と口にする。ああ、笛子のもとに
戻ってきたんだ・・と思った。お前はうるさい・・と笛子に対しては
相変わらずの冬吾だったが、今日はとても温かいものを感じた。


 ひとりで、完璧な世界をつくろうとしていたかに見えた冬吾。
自分を高い、なにものにも煩わされないような場所に置き、気が
向いたときだけ降りてくるように人と関わっていた冬吾。高い
ところにいるくせに、そこをまつりあげるように騒がれると
迷惑がり、だれかがその場に踏み込んで静寂を乱されると逃げ出す。
 しかし、その場所を、彼は彼なりに必死に守っていたのだろう。
「逃げるとこがあっていい」・・。何処にでも逃げ、何処ででも
絵は描ける冬吾だが、精神的には、とても限られた場所で描いて
いたんだろうか?と考えてしまった。


 うるさいうるさい・・といいながら、笛子のもとに戻って来た
冬吾。このうるさいなかでも、自分の絵を描いていこう・・と
決心したのだろうか?それとも、うるさいこの笛子が、そのうるさい
パワーによって、自分の場所を守っていてくれたことに気づいた
のだろうか?


 とにかく、冬吾も自分ひとりで生きているのではないことに
気づいたような気がした。そのことに気づくのは、なんて温かい
ことなんだろう・・・。