撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その11 沈む

 あの人は変わらない
 始まりは静かで、終わりも優しい。
 何度逢瀬を重ねようが変わらない。


 あの人の腕の中にいる時、まるでふたりで舟遊ぶをしているようだ。
海の沖に浮かぶ、小舟。ふたりだけの空間。大きな波も、嵐もちっとも
怖くない。あの人の腕の中にいれば・・。退屈な凪さえ、単調な波さえ、
それは充たされた平安。わたしはこころの動くままに、声をあげて楽しんで
いればいい。いるだけでいい、とあの人はわたしに何も望まず、
ちいさな注文さえつけなかった。ただ、波に身を任すだけ・・・。


 こんなに何も考えずにいたことがあったかしら?


 遠い昔の忘れ去られた記憶。心に感じたことを言葉にすることさえ
まだ知らなかったあの頃に覚えて、わたしがずっと望んでいたであろう、
そんな心地よい扱いを受けている。このまま海の奥底へ沈んでしまいたい。
 海の泡になどなりたくない。あの人を引きずり込んで別の世界の
入口を見つけるのだ。


 そう、瞬間強く想って、次の瞬間には力尽きている。わたしには、
あの人を引きずる力などない。 いつも波間に顔を出し、あの人を
垣間見ているだけだ。せめて一人で、海の底まで沈んでいく力だけでも
あればいいのに・・・。