撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その8 雨よ降れ

 人生なんて、大袈裟に考えたことはないけれど、誰かが言ってた、「旅」
と言う言葉はこのごろわかるような気がしてきた。「人生は旅」だと。

 あてのある旅は楽しい。連れのある旅も楽しい。でも、女友達で旅行に
行くとけっこういろいろ見えちゃってあとで気まずくなっちゃうのよねって
いってたのは、誰だったっけ?


 一人旅が好きだ。あてもなく町並みを歩くのが好きだ。いなかや観光地
では、めいっぱいよそものの顔をして、ふつうの街角では、日常に紛れ込む
ようにさりげなく、その時間そのものを楽しむ旅が好きだ。


 あのひとと逢うわたしは、違う世界へ入り込む旅人だ。もうひとつの人生を
生きる程の、人知れず女優になるほどの、遠い遠い世界を旅する女だ。そして
旅をしていないときは旅のことを考えないようにしている。そう、あのひとは
きちんとわたしをもとの世界に送り届けてくれるから・・。もとの位置に
もどされた人形のように動かず、魔法で人間にされたネコが、ただのネコに
戻ったように考えず、もうひとつの世界に潜んでいる。潜んでいる?
・・・私の本当の世界はいったいどっちなの?


 あのひととの旅が私の世界だったとしたら、いまのわたしは何もない
のっぺらぼうの土地をさまよう迷い人になってしまう。砂漠でオアシスを
求めて彷徨う旅人のようだ。オアシスはどこ?本当に?蜃気楼に過ぎないの
ではないのか?何度も何度も叫ぶ。私の涙では到底追いつかない。からからに
なった葉が、ついに粉になって消えていくように、色を失っていく。


 どうか、雨よ降れ。本当の町並みが色を取り戻せるように・・。わたしが、
自分で確かめるから。わたしを潤してちょうだい。せめて、こなごなになった
わたしが土に還れるように・・・。